2019.03.14

大坂なおみ、敗北から己を知る。
同期との戦いで得た新たな気づき

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 前に踏み込みながらボールの跳ね際を叩き、なおかつ正確に制御したバックハンドのストロークが、いきなり大坂なおみのゲームをブレークした。

 ベリンダ・ベンチッチ(スイス)。

 BNPパリバ・オープン4回戦で大坂が対戦した選手の名は、彼女がテニス界の表舞台に躍り出るよりはるか前から、「次期女王の最右翼」としてテニス界に流布していた。

4回戦での敗退が決まり、天を仰ぐ大坂なおみ 大坂と同じ1997年生まれで、3月10日にひと足早く誕生日を迎えた22歳。幼少期から元世界1位のマルチナ・ヒンギス(スイス)母子の薫陶を受け、同国の偉大なる先輩同様に「天才少女」と呼ばれた。

 16歳にしてジュニアタイトルを総ナメにすると、早々にプロツアーに軸足を移して目覚ましい活躍を見せる。ツアー優勝やトップ10入りを果たしたのは、18歳の時だった。

 その早熟な同期は大坂に、希望と感傷の両方を与えてくれる存在だったという。

「彼女がツアー優勝したり、トップ10入りした時は、私もがんばらなくてはと思った」と、大坂は約3年前の日を振り返る。だが、同期から受ける刺激は、「自分は置いていかれている」という焦燥も彼女の胸に産み落とした。

「あの頃は、彼女の活躍に勇気づけられると同時に、少し寂しくも感じた。自分は、やれることを十分にできていないんじゃないかって……」

 当時に感じた心のうずきは、今でもよく覚えている。その葛藤のなかで現女王が学んだのは、「人によって成長の早さは違う。誰もが異なる道を歩んでいく」という真理だった。

 現に、大坂がランキングを急上昇させ始めた頃から、ベンチッチは回り道に足を取られる。度重なるケガのため、2017年の序盤にランキングは100位圏外へ。その後は手首にメスを入れ、復帰しては長短期の戦線離脱を繰り返した。

 その彼女が、ついに上げた完全復活への狼煙が、3週間前のドバイ選手権での優勝である。