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日本代表55キャップの松島幸太朗が「海外」を知った夏合宿 「こういうプレーもあるのか」まったく違う文化に刺激 (3ページ目)

  • 齋藤龍太郎●取材・文 text by Ryutaro Saito

【桐蔭の3年間がなかったら......】

 東福岡との両校優勝による花園初制覇を花道に、桐蔭学園を卒業した松島だが、「このまま高いレベルでラグビーを続けていく」と強く決意していたわけではなかったという。だが、こうした海外でのラグビー経験も、その後のトップ選手への歩みにつながっていく。

「在学中はまったく考えていませんでした。高校日本代表にも選ばれましたが、あくまでもその年代の代表カテゴリーでやっているという感覚で、そこまで意識していなかったです。

 その後、U20南アフリカ代表候補になったころから『日本代表にもなれるかもしれない』と周りから言われるようになり、プロ選手や代表になることを意識し始めました。(キャリアについて)より深く考えるようになったと思います」

 多くの日本の選手が歩んできた大学ラグビー界に進まなかった松島は、高校卒業後に生まれ故郷・南アフリカのシャークス・アカデミーで腕を磨き、2013年にサントリーサンゴリアス(現・東京サントリーサンゴリアス)へ加入し、2014年には日本代表デビューを果たす。

 さらに憧れだったオーストラリアのスーパーラグビーチームであるメルボルン・レベルズや、日本のサンウルブズでもプレーし、フランスが誇る世界的リーグ・TOP14のASMクレルモン・オーヴェルニュでも出色の活躍を見せた。

 もちろん、日本代表としても世界各地を転戦し、ラグビーワールドカップでは見事なランで次々と強豪を撃破。瞬く間に世界へと羽ばたいていった。

 そんな輝かしいキャリアと、オーストラリアでの合宿を含む桐蔭学園での3年間は、間違いなく密接に結びついているはずだ。

「もし桐蔭の3年間がなかったら、『海外に行く』という選択肢もたぶんなかったでしょうし、こういう人生にはなっていないと思います」

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