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日本代表55キャップの松島幸太朗が「海外」を知った夏合宿 「こういうプレーもあるのか」まったく違う文化に刺激 (2ページ目)

  • 齋藤龍太郎●取材・文 text by Ryutaro Saito

【ワラビーズの選手だけは知っていた】

 遠征先はラグビーが盛んなブリスベン(クイーンズランド州の州都)。南半球リーグのスーパーラグビーの名門・レッズの本拠地であり、オーストラリア代表選手も数多く輩出していたことから、松島もレッズやワラビーズ、その所属選手に親近感を抱くようになった。

「プレーそのものというよりも、ワラビーズ(オーストラリア代表の愛称)とそのラグビーがより身近になりましたし、かっこいいなと思うようになりました。ワラビーズは今でも強いですが、当時は特に強い時代でしたからね。レッズも強いですし、どの選手もスター性がありました。

 当時の僕は日本のラグビー選手のことをまったく知らなかったのですが、ワラビーズの選手のことだけは知っていました。特にウィル・ゲニアとクウェイド・クーパー(ともに元オーストラリア代表。レッズや花園近鉄ライナーズでもハーフ団を組んでいた)は好きでしたね。彼らとはのちに対戦することができたので、その時はすごくうれしかったです。また会う機会があれば、当時のことを話してみたいですね」

 こうしてオーストラリアのラグビーを経験したことが、3年時の花園(全国高校ラグビー大会)につながったのだろうか。

「正直それはわかりませんが、いい経験にはなりました。海外の文化に触れること自体がすごく新鮮だったので、当時の僕たちにとって本当に貴重な体験だったと思います。オーストラリアの選手のようなプレーをしたいと考えるようになったチームメイトもいたかもしれないですし、そんなインスピレーションを受けるような、またとない機会になりました。

 そういう経験ができない学校もあると思うので、僕らがオーストラリア遠征を経験できたのは本当にラッキーでしたし、自分の人生においても早いうちにそれを経験できてよかったと思っています」

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