2019.04.27

五郎丸歩が語る南ア戦勝利
「相手の勝ちたい姿勢が日本に力をくれた」

  • 松瀬 学●文 text Matsuse Manabu
  • 築田純●撮影 photo by Tsukida Jun

レジェンドによるRWC回顧録① 2015年大会 五郎丸歩(前編)

 ラグビーワールドカップ(RWC)日本大会の開幕(9月20日)まであと4カ月となった。

 「温故知新」である。日本代表は1987年大会から前回2015年のイングランド大会まで全8回いずれにも出場してきた。『RWC回顧録』と題して、各大会の”レジェンド”に当時の日本代表を振り返ってもらった。

 初回は、「日本ラグビーの歴史を変えた」と言われた2015年イングランド大会。まだ記憶に新しいだろう。まずは、日本ラグビーのポイントゲッターとして代表をけん引し、ワールドカップベストフィフティーンにも選ばれた五郎丸歩(ヤマハ発動機)である。あの感動を再び――。

2015年W杯当時、ボールを蹴るまでのルーティンが話題となった五郎丸歩

 4月某日。葉山マリーナそばにある海沿いの白色の地中海風レストラン。遠くに雪をかぶった富士山がそびえ、目の前には群青色の太平洋が広がっている。陽ざしもまばゆい。逗子警察署の「一日署長」を終え、五郎丸はそこに駆けつけてくれた。

 人気者は相変わらず忙しい。その前日にはNHKのラグビーワールドカップのナビゲーター就任の記者発表があった。試合の中継番組に出演するということは選手としては出場しないことを意味する。「選手としてピッチに立つことは?」と唐突に聞けば、33歳は短く、「ない」と言い切った。静かに続ける。

「15年(RWC)以降、まったくその気はありませんでした。戦う前から、(代表引退を)決めていました。これが最後と。だから、海外にも行ったし、ラグビー以外の仕事もたくさん受けて。それが自分の役目かなと思っていたんです」

 ちょっと驚く。初めて知った。でも、あの結果を出した後、気持ちが変わることはなかったのだろうか。そう問えば、「なかったですね」とつぶやいた。そこまでラグビー中心の生活を送っていた。結婚して、子どもができた。その長男とのエピソード。

「上の子が3歳の時です。家の近くの公園に行って、子どもと一緒に遊んでいたんです。僕がカニをパッと素手で捕まえたら、生まれて初めて、”パパすごいね”って言ったんです。ラグビーではなくて、すごく身近なことに”すごい”と感じている。そのひと言が、僕の中では大きくて…。なんか、父親らしいことをしなくちゃいけないなって」

 その瞬間、人生観が少し、変わった。

「代表は引退するけど、(ヤマハでプレーしながら)メディアへの露出面に関してはできるだけやらせてもらって、あとは子どもたちへのラグビーの普及(活動)などをしつつ、家族を守っていきたいなと切り替えができましたね」