2019.10.12

16年ぶりのNBAジャパンゲームズ。
過去を振り返り、思いを馳せる

  • 水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • photo by AFLO

 憧れに、手が届く距離――。選手入場口の両脇には、ファンが鈴なりだった。ヒューストン・ロケッツのユニフォームを着た少年、つけ髭をつけたカップル……。ハイタッチやサインを求めて懸命に手を伸ばす多数のファンが、ウォームアップのため選手が姿を現わすたびに熱い歓声をあげた。

絶大な人気を誇る得点王のジェームズ・ハーデンが来日した 2シーズン連続得点王のジェームズ・ハーデン(PG)がシュート練習のために姿を見せると、スタンドからの歓声は一段と高まる。今、NBAで最も1on1が強い――つまり、世界で一番1on1が強い男は、ヘッドフォンをしたまま黙々と代名詞のステップバックスリーを繰り返した。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

 インターネットの発達で、世界は狭くなったと言われて久しい。この日の試合どころか、どんな試合でも、世界のどこにいても映像はもちろんのこと、どの距離からどんな種類のショットを誰が打ったのか、詳細なデータまでが手に入る時代になった。しかし、憧れのプレーヤーを目の前にした時、ファンの喜ぶ表情に変わりはない。

 16年ぶり7度目の開催となったNBAジャパンゲームズ。振り返れば、初めて日本でNBAの試合が行なわれたのは1990年だった。

 ハーデンがこの世に生を受けた翌年、当時NBAの映像を日本で観ようとするなら、週に数度放送される衛星放送だけだったと記憶する。そんな時代に来日したのは、ケビン・ジョンソン率いるフェニックス・サンズと、カール・マローンとジョン・ストックトンの名デュオが率いたユタ・ジャズだった。

 1990-1991シーズンは、NBAにとってもエポックメイキングなシーズンだ。”神様”マイケル・ジョーダンの率いるシカゴ・ブルズが優勝し、スリーピート(3連覇)の足がかりとなったシーズンで、日本でもジョーダン人気に火がついた。バスケットボールシューズの「エア ジョーダン5」が人気を博したのが、この年だ。

 ジョーダン引退後もニューモデルは発売され続け、29年後の今年、最新モデルは「エア ジョーダン34」。さらに今年6月には、八村塁(ワシントン・ウィザーズ/SF)が日本人選手として初めて世界中のプレーヤーが憧れるジョーダン・ブランドと契約した。時代は大きく変わった。ちなみに、週刊少年ジャンプで『SLAM DUNK』の連載が始まったのも、1990年だ。