リオ五輪バスケ最年長。39歳のマヌ・ジノビリに残された大事な役割

  • 宮地陽子●取材・文 text by Miyaji Yoko
  • photo by AFLO

 4年前――。ロンドン五輪でアルゼンチンが3位決定戦に敗れてメダルを逃したとき、マヌ・ジノビリ(SG/サンアントニオ・スパーズ)はリオ五輪のことを考えてもいなかったという。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

アテネ五輪から4大会連続で出場している39歳のマヌ・ジノビリアテネ五輪から4大会連続で出場している39歳のマヌ・ジノビリ リオ五輪直前の7月28日に誕生日を迎え、彼は39歳になった。アルゼンチン代表のなかで一番年上であるだけでなく、今回のオリンピックに出ている男子バスケットボール12チームのなかでも最年長だ。この数年は、ほとんど毎夏のように引退を考えた。リオ五輪に出ると思ってもいなかったのも、そのためだった。

「今回のオリンピックが来るころには、とっくに引退していると思っていた。まだここにいるなんて、まったくクレイジーだ」と、ジノビリは言う。

 昨年夏のアメリカ大陸予選は欠場したが、出場した4歳年下のルイス・スコラ(PF/ブルックリン・ネッツ)らが準優勝を果たし、オリンピック出場権を勝ち取ってくれた。

「昨シーズン(2015−2016シーズン)は、チーム(サンアントニオ・スパーズ)を助けられるぐらい健康に過ごすことができた。バスケットボールも楽しんでいた。だから、今回のオリンピックに出るというのは簡単な決断だった」

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