【競馬】相棒・内田博幸騎手が回想する「ヴィルシーナ物語」 (3ページ目)

  • 河合力●文 text by Kawai Chikara

 初GI制覇を決めた昨年の5月以降、内田騎手が鞍上から離れたこともあってか、ヴィルシーナはまさかのスランプに陥っていた。レースではいつも全力を尽くす彼女が、まったく闘志を見せなくなり、勝ち負けどころか、馬群に沈むことのほうが多かった。今年に入っても、レースで振るわず、復活の兆しを見せることがなかった。

 そんな不振にあえぐヴィルシーナを見て、今春、内田騎手は陣営にある提案をした。

「ここのところのヴィルシーナは、先行して他馬にかわされるという競馬を繰り返してきました。ならば今度は、敵をかわして“勝つ”という感覚を取り戻してもらうためにも、短い距離のレースを使って、後方からの競馬をさせてみてはどうでしょう」

 彼女の闘争心を呼び戻すためのアイデアだった。そして、今年4月のGII阪神牝馬S(阪神・芝1400m)では、あえて後方に待機してレースを進めた。結果は11着の惨敗に終わったものの、内田騎手はそこで、ヴィルシーナ復活への確かな手応えをつかんだ。

「あの大敗は、勝ち星から離れていたヴィルシーナにとって、結果として正解だったと思います。というのも、あのレースでいつもと違う走りをしたことで、負けたけれども『他の馬に食らいついていこう!』という気持ちを、ヴィルシーナに取り戻してもらうことができたと実感したからです。

 あのレースは、『どうしたらここで勝てるか?』というよりも、『どうしたらヴィルシーナに、もう一度“絶対に勝ちたい!”という気持ちを取り戻してもらえるか?』ということを、関係者みんなで考えた一戦でした。本来、競走馬は、出走するレースすべてに勝てる可能性はほとんどないですよね? 相手関係や(展開の)向き・不向き、運も含めて、毎回うまくいくわけではないですから。車や機械でもない、競走馬は心あるアスリートですからね。でも、我々人間は、やっぱり全部のレースで勝たせたいし、結果が出ないと苛立ってしまう。つい、慌てて『今、勝たせるにはどうしたらいいのか?』ということばかり考えてしまうのですが、当たり前な話、実際に走るのは馬ですから、馬が『レースを勝ちたい!』と思うことが一番大事。そこで、競走馬の調子が悪かったり、うまくいっていなかったりしているとき、その気持ちを盛り上げてあげるのは、そばにいる我々人間の仕事なんですよ。

 そのためには、メディアの方やファンのみなさんが考えることとは違うことや、一か八かという試みを、やってみなければならないかもしれない。それは、失敗したら、相当叩かれることかもしれない。そんな荒治療にチャレンジする“勇気”があるかどうか……という状況において、その勇気を、馬主さんをはじめ、ヴィルシーナの陣営は持っていたのだと思います。男気あふれる勇気を。

 また、それを実践するためには、心からお互いを“信頼”し合うことも大切ですよね。ヴィルシーナの陣営はそうした点においても素晴らしかった。馬主さん、厩舎の方々は僕を信じ続けてくださって、僕も陣営のみなさんを信じ切っていました。そうやって、みんながヴィルシーナの復活を信じて、同じ方向を見て一致団結していました。だからこそ、運も味方をしてくれた。あと、もしかすると、そういう人間の心が、賢いヴィルシーナには感じ取れていたのかもしれません」

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