2013.05.26

【競馬】ダービーで夢託すのは、
名牝に由来する福永祐一とエピファネイア

  • 長谷川仁志●文 text by Hasegawa Hitoshi

皐月賞ではロゴタイプの2着に敗れたエピファネイア。ダービーでは逆転を狙う。まもなく開催される第80回日本ダービー(東京・芝2400m)。人気を背負った上位馬に力差はなく、激戦必至の様相だ。今回、その難解なレースを予想するのは、競馬専門紙『ダービーニュース』の本紙担当(専門紙の名前を背負って予想印を打つ記者のこと)を長年務めてきた長谷川仁志氏。職を離れて最初のダービー予想。はたして長谷川氏はどの馬に本命を打つのか。

 初めて生で見たダービーは1971年、14歳のとき。最後方から20頭以上をゴボウ抜きした、ヒカルイマイの剛脚に痺(しび)れた。

 競馬専門紙『ダービーニュース』に入社して、日本ダービーの本紙担当を初めて担ったのが、1990年。アイネスフウジンの逃げ切り勝ちだった。19万の大観衆が「ナカノコール」に酔う中で、自分も各専門紙の本紙担当者で唯一、アイネスフウジンに本命の印をうった者として酔っていた。

 アイネスフウジンは脚元に爆弾(脚部不安)を抱えていた。それでも、周囲の反対をよそに、自分は◎(本命)をうった。決断できたのは、木曜午後、某日刊紙の先輩から入った電話だった。

「(アイネスフウジンの厩務員担当は)誰がやっていると思う? 脚の4本中2本がエビ(屈腱炎の俗称。競走馬の脚部に発生する病)のアサヒエンペラーを、(1986年の)ダービーで3着にさせた佐川さんなんだ」

 1994年は、最強ナリタブライアンが圧勝した。当然、ブライアンには本命をうっていたが、2着エアダブリンの印を抜いてしまった。ライバル紙はちゃんと対抗にしていていた。

「なぜ?」と問う社長に、こう言った。
「青葉賞は、勝ったエアよりも、2着ノーザンポラリスが強い競馬をしている。そのノーザンがぎりぎりの△だから、エアに印が回らなかった」

 その回答に社長は納得してうなずいた。そこから、すべてのレースで本紙担当となった。結果よりも過程を大事にしてくれた経営者に感謝したい。