【競馬】ダービー制覇へ、エピファネイアが背負う「家族の思い」 (2ページ目)
シーザリオとその産駒の馬主であるキャロットファームでは、当時2頭の評価は極めて高かった。キャロットファームの永島一樹氏が語る。
「シーザリオの素晴らしさは、牡馬顔負けの筋肉質な馬体と、最後の勝負根性を生む猛々しい気性。ふたつが合わさり、爆発的な末脚や、異国の地アメリカで圧勝する精神力が生まれたのだと思います。その長所は、トゥエルフスナイトとヴァイオラにも間違いなく受け継がれていました」
能力の高さは疑いようのなかったトゥエルフスナイトとヴァイオラだが、デビューへ向けて身体を作る中で、2頭は共通の弱点を露呈した。競走馬としては致命傷ともいえる、脚元の弱さである。
この弱点のため、2頭はともに、大半の馬がデビューし終わる3歳春になっても出走態勢は整わなかった。脚元の弱さから強い調教をかけられず、調整が進まなかったのである。
シーザリオの1番仔トゥエルフスナイトがようやく表舞台に姿を現したのは、日本ダービーから約4カ月が経過した、3歳9月の未勝利戦だった。脚部不安が解消されていなかったため、強い調教はできず、体つきもデビューする馬のそれとは言い難いものだった。しかしそのような状態で、トゥエルフスナイトは快勝してしまったのである。
「あのレースの衝撃は、今でも忘れません。まともな追い切りは数えるほどで、馬体の緩さは抜けていない状況。にもかかわらず、経験馬を相手に勝ってしまったのですから。母の驚くべき身体能力と強いハートは、やはり仔に受け継がれていました」(永島氏)
デビュー戦で並外れた能力を見せたトゥエルフスナイトだったが、脚元へのダメージは大きかった。スタッフの懸命なケアによって2戦目を目指したものの、やがて両前脚の屈腱炎(くっけんえん/競走馬の脚部に発生する病)を発症。わずか1戦1勝の戦績で、無念の引退となってしまったのである。
無事ならどこまで出世していたか――。あのデビュー戦を見たからこそ、関わった人たちの落胆は大きかった。
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