小野伸二とベルカンプ。名手の究極トラップで感じたポジションの違い (2ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 赤木真二●写真 photo by Akagi Shinji

 最も長くプレーしたアーセナルでは、主にCFティエリ・アンリの1トップ下ならぬ1トップ脇でプレーした。アンリが左寄りで構えることが多かったので、ベルカンプは真ん中の高い位置で、CF的な役割もこなした。

 元祖0トップ。ベルカンプが止めて、アンリが快足を活かし、その背後を走る。90年代後半から2000年代前半にアーセナルが築いた黄金期は、ベルカンプの異能を抜きに語ることはできない。

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 ベルカンプが披露したトラップの中で、筆者が目撃したことを吹聴したくなる絶品のプレーは、98年フランスW杯準々決勝、オランダ対アルゼンチン戦で発生した。

 舞台はマルセイユのヴェロドローム。スタンドを支配するオレンジ色と水色が、上空からギラギラと照りつける陽光によく映える、30度を超える暑さの中で行なわれたデーゲームだった。

 前半12分、オランダがCFパトリック・クライファートのゴールで先制すれば、その5分後、アルゼンチンはクラウディオ・ロペスのゴールで同点に追いつく――という展開。お互い退場者を1人ずつ出したものの、全体的には高尚な、静かなる好試合だった。試合は1-1のまま、最終盤を迎えていた。

 その瞬間が訪れたのは、延長戦突入を目前にした後半44分だった。正面スタンドを背に、左から右に攻めるオランダ。その4-2-3-1で左CBを務めるフランク・デ・ブールは、ピッチの対角線上に自慢の左足でロングキックを蹴り込んだ。とは言っても、ラフなボールではない。限りなくコントロールされた正確無比なパスであることは、正面スタンドやや右寄りに着席していた筆者の、目の前を通過した瞬間ぐらいからグッと鮮明になった。

 右の手前サイドをトップスピードで縦に走るベルカンプの、まさに鼻先に落下することが確実。デ・ブール弟が出したロングパスを、ベルカンプがどう処理するか。ヴェロドロームを埋めた観衆5万5000人の関心は、まさにその1点に集まっていた。

 足の甲(=インステップ)で、リフティングするようにトラップするところまでは予想できた。ベルカンプと対峙する格好になったアルゼンチンのCB、ロベルト・アジャラも例外ではなかったと思われる。しかし、その次に繰り出したボール操作術は、彼の予想を超えていたに違いない。でなければ、ペナルティエリアに入った危険な場所で、ベルカンプに一発で置いていかれるようなことは、なかったはずなのだ。

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