2020.12.14

マネが持つストリート育ちの強みとは。型破りなのにチームのために走る

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

サッカースターの技術・戦術解剖
第37回 サディオ・マネ

<ストリートフットボーラー>

 かつてはすべての選手がストリートフットボーラーだった。

 路上や空き地でボールを蹴り、ボールがなければ丸めた靴下や紙くずでつくった球体で遊んでいるなかから、プロ選手が生まれていた。

リバプールで大活躍のマネは、セネガルのストリートフットボールで技を磨いた 1980年代にカメルーンのスーパースターだったロジェ・ミラは、石ころを蹴っていたそうだ。そのせいで「ヘディングがうまくならなかった」と言っている。それは冗談としても、石ころを蹴っていてもうまくなるのだ。

 ストリートフットボーラーからプロ選手が生まれた時代の最後が、たぶんディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)の世代だろう。その後はアフリカやアジアの一部を除けば、ほとんどが指導者のいるチームでプレーを始めることになった。だからサディオ・マネは例外的な存在である。

「2、3歳のころから、いつもボールと一緒だった」
「路上でプレーしている子どもたちを見つけては、混じりに行った」

 セネガルのセディウ州にある村に生まれ育ったマネは、初めてボールを蹴ったのがいつか覚えていない。物心つくころにはボールと一緒だったそうだ。15歳で首都ダカールに移住し、ジェネレーション・フットというアカデミーに加入した。

 アフリカ諸国の育成は無数のアカデミーを出発点としている。例えば、ガーナでは"コース"と呼ばれていて、言い方はさまざまなようだが、日本のサッカー少年団のようなものだ。トライアルに参加して認められれば、アカデミーの一員になれる。特別に才能のある子は、ヨーロッパのクラブチームの下部組織にスカウトされていく。

 マネは19歳でフランスのメスへ移籍した。メスで1シーズン、すぐにオーストリアのザルツブルクへ移っている。スポーツディレクターだったラルフ・ラングニックに見出されての移籍だった。