2020.09.29

スペイン代表の名物男がバーを営む
地で見た、イラク戦争前夜のCL

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 中島大介●写真 photo by Nakashima Daisuke

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メスタージャ(バレンシア)

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 バレンシアと言えばオレンジ。さらに、ドロッとした雑炊風のパエリャも一度は食べたい名物料理である。イベントでは「火祭り」だ。2003年3月19日は、その最終日だった。

 お祭りを盛り上げる爆竹が、街中のいたるところで、「ドカーン、ドカーン」と耳をつんざくばかりの爆裂音を上げていた。アーセナルサポーターを威嚇するつもりだったのか、メスタージャ界隈は特に酷く、気がつけば3メートル横で「ドカーン!」という状態で、こげ臭さが充満する無法地帯と化していた。これから始まる試合の観戦気分は、いやが上にも高揚するのだった。

 2002-03シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)2次リーグ。火祭りの最終日は、アーセナルとの第1戦を0-0で折り返したバレンシアが、メスタージャで第2戦を戦う日と重なっていた。

 しかし、この日は世界的に見ると、CLどころではない1日だった。時のアメリカ大統領ジョージ・ブッシュが、イラクに対し開戦を宣言した日でもあったからだ。そのタイムリミットまで数時間という段に迫っていた。緊張感に包まれる国際情勢の中で、バレンシアの火祭りとCL2次リーグ、バレンシア対アーセナルは行なわれた。

 スペインはこの戦争を支援し、英国にいたっては、アメリカとともに参戦を表明していた。メスタージャはイラクが先制攻撃を仕掛けるには恰好の舞台でもあった。この場に本物の爆弾が落ちても、爆竹と区別がつく人は誰もいないだろう。だが、メスタージャにやってきたバレンシアサポーター、アーセナルサポーターは、ともにそうした自覚など一切、持ち合わせていない様子だった。

 試合はバレンシアが2-1でアーセナルを破った。

昨季はリーグ戦9位に終わったバレンシアの本拠地、メスタージャ 3月のバレンシアは暖かい。この時期、バレンシアが暖かくなっていく様は東京の1カ月ほど先を行っていた。イギリス人にとっては2、3カ月先を行く気候だった。アーセナルサポーターはTシャツに短パン姿でメスタージャにやってきた。日光を浴び、嬉しくて仕方がないといった感じで、陽の高いうちからビールをあおっていた。