2020.03.22

バルサを救った「クライフの使徒」。
ライカールトが語った監督の本懐

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by MarcaMedia/AFLO

バルセロナの不安定な魅力4

 ヨハン・クライフは、今もバルセロナのアイコンである。

 1988年に監督に就任すると、クライフは天才的なセンスでバルサのプレーモデルを確立した。クラブの土台となる下部組織「ラ・マシア」を整備。日本代表MF安部裕葵が所属するバルサBの本拠地が、「ヨハン・クライフ・スタジアム」という名前を冠するのは象徴的だ。

 そして現在、トップで采配を振るうキケ・セティエン監督は熱烈なクライフ主義者である。現役時代、クライフの”ドリームチーム”と対戦し、大勝したあとにもかかわらず、そのプレー構造にひどく感銘を受けた。そこで、当時のプレーメーカーだったジョゼップ・グアルディオラに、その仕組みを詳しく聞きに行ったという。指導者となってからは常にクライフを鑑にしてきた。

2003年にバルセロナの監督に就任したフランク・ライカールトとロナウジーニョ バルサの歴代監督には、”クライフの使徒”が少なくない。オランダのアヤックスで功成り名を遂げたオランダ人ルイス・ファン・ハール、クライフの右腕だったカルレス・レシャック、クライフ派を自認し、ラ・マシアのディレクターにもなったロレンソ・セラ・フェレール、そしてクライフの指導を受け、直系の弟子と言えるジョゼップ・グアルディオラ、その懐刀だったティト・ビラノバ。