2019.10.10

王様・カントナ、「カンフーキック」事件
の名言。練習相手はベッカム

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

 188センチの長身だが俊敏でボールコントロールは柔らかい。猫のようにしなやかで、虎のパワーを持つアタッカーだった。空中戦に強くボレーも抜群にうまい。お気に入りはファーサイド。全体練習とは別に個人練習を欠かさなかった。意外と努力の人なのだ。お気に入りの練習相手はデイビッド・ベッカム。

「彼のトレーニングは金を払っても見る価値があるよ」(ベッカム)

 当時、まだユースチームにいたベッカムにクロスボールを蹴らせていた。それを監督室から眺めていたアレックス・ファーガソン監督がベッカムのキックの精度を見て、トップへの昇格を決めている。

 マンチェスター・ユナイテッドはカントナを獲得した92年11月からわずか2敗、92-93シーズンに26年ぶりの優勝を勝ち取る。クリエイティブで、ゴールだけでなくアシストやチャンスメークも抜群にうまかった。次のシーズンも連覇。クラブはプレミアきっての強豪になるわけだが、カントナなしでは現在のマンチェスター・ユナイテッドはありえなかった。背番号7は、かつてジョージ・ベストやブライアン・ロブソンも着けた番号だが、「7」を特別にしたのはカントナである。

「俺は人間じゃない、カントナだ」

 2009年、カントナはケン・ローチ監督の映画『エリックを探して』にカントナ役として出演している。人生の危機に直面する中年の郵便配達員の目の前に忽然と現れ、示唆に富む言葉を伝える。

「俺は人間じゃない、カントナだ」

 劇中そう言っているが、映画のカントナは実在のカントナではない。郵便配達員の幻想のようでもあるが、その言動は間違いなくカントナである。社会派のケン・ローチにしては珍しいハッピーエンディングの作品だった。

 それにしても、自分の役を演じるというのはどういうものなのだろう。妙なのはカントナがじつにカントナらしく演じていたことだ。言ってみれば、それは森進一のモノマネをする森進一である。ところが、カントナはカントナをデフォルメすることなく演じきっていた。つまり、こういうことではないだろうか。カントナは役をやる前から、ずっとカントナを演じていたのではないか。