悲願のタイトルを手にしたクロップ。CL決勝は経験がモノを言う (2ページ目)

  • 井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi
  • 中島大介●撮影 photo by Nakashima Daisuke

 至高の舞台でクロップ監督にそっぽを向いてきたフットボールの神様はこの日、彼に優しく微笑んだ。開始23秒でPKを獲得し、モハメド・サラーがそれを豪快に蹴り込んで先制。2013年のドルトムントも2018年のリバプールも、彼の率いたチームはCL決勝で先手を取ったことがなかった。だが今回は幸運を味方にして、試合を優位に進めることができた。

 そのPKにつながるシーンを含め、クラブ史上初のCL決勝を戦ったトッテナムには、やはり経験が不足していた。ボックス内で守備にあたる際、ムサ・シソコは脇を締めるべきだったし、デレ・アリやハリー・ウィンクスといった若手は、極みの舞台の雰囲気に飲まれていたように見えた。

 トッテナムのマウリシオ・ポチェッティーノ監督は戦前、「明日の決勝でもっとも重要なことは、のびのびとプレーすること。10億人のファンが観ているなんて考えずに、少年時代のように楽しんでほしい」と語っていたが、選手たちがそれを実行に移すのは簡単ではなかったようだ。

 英紙『ガーディアン』によると、スパーズはCL決勝の前週に、チームの団結を一層強固にすべく、ファイヤーウォーク──文字どおり火のなかを歩くこと──を取り入れたという。それはポチェッティーノ監督がサウサンプトン時代にもした儀式(古代から強さや勇気を試すものとして世界各地で行なわれてきた)で、モチベーション専門のコーチの指導のもと、監督を含めた全員がやりきり、選手たちのメンタルは強化されたはずだった。

 ポチェッティーノ監督は戦術家と評されることが多いが、彼が最も重視しているのは精神力だという。強いメンタリティーがなければ、戦術や技術、フィジカルも意味をなさないと考えている。だからこそ、どん底からグループステージを勝ち上がり、準々決勝と準決勝で奇跡的な突破を果たすことができたのだ、と。ゆえに、彼とクラブにとって初のCL決勝の前に、心理面の準備に注力してきたのだろう。

 けれどもやはり欧州頂上決戦は、経験や格がモノを言う舞台だ。CL(前身のヨーロピアンカップを含む)決勝進出は、リバプールの9度目に対し、繰り返すようだがスパーズは初。イングランド勢同士の対戦を現地で感じるために、10万人とも言われる熱狂的なファンがフットボール発祥の地からスペインの首都へ乗り込んだ(その多くはスタジアムの外で観戦することになるとわかっていた)。

 筆者が道端で話しかけたダフ屋のチケット価格は、驚異の8000ポンド(約97万円)。そんな風に設定されたフットボールの至高のステージだ。エリートプレーヤーとはいえ、若い選手たちが重圧を感じたとしてもまったく不思議はない。どれほどの準備を積んできたとしても。

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