2012.12.25

【フランス】ドメネク前監督が暴露したフランス代表の内幕

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

2004年にフランス代表監督に就任、2010年南アW杯後に解任されたレイモン・ドメネク photo by Getty Images【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】レイモン・ドメネクとフランス代表(前編)

 2010年のワールドカップで、フランスがメキシコに敗れた試合のハーフタイム。FWのニコラ・アネルカがレイモン・ドメネク監督に向かって「くそ野郎!」と叫んだ。「あんたはこのクズみたいなチームと一緒にやってりゃいいさ。俺はやめるからな」

 この事件は、また別のフランスらしい事件につながっていく。ドメネクとフランス・サッカー協会がアネルカを代表からはずすと、他の選手たちがワールドカップ期間中にストを始めたのだ。「恥辱のバス」というフレーズ(選手たちがトレーニングをボイコットし、座りつづけていたバスのことだ)は、フランス人なら誰もが知る言葉になった。ドメネクは国家的な恥をもたらしたひとりとして批判され、今ではフランスのつまはじき者だ。

 出版されたばかりのドメネクの奇妙な自伝『孤独』は、なぜフランス代表がこれほど悲惨な状況になったかを説明しようとしたものだ。アネルカからジネディーヌ・ジダンまで、この本は彼の時代にフランス代表の中核だった選手たちの人格を攻撃している。ドメネクは代表監督を辞めて2年たったから書くことができたと言う(もっとも、監督だった当時に彼がその場の勢いで何を言っていたかなど想像したくもない)。この自伝は現代フランスと現代フットボールの物語だが、「反面教師」としてのビジネス本でもある。指導者が決してやってはいけないことがつづられているからだ。

 ドメネクはリヨンの労働者階級の家に生まれ、口ひげを生やした荒っぽいフットボール選手になった。70年代にフランス代表で8試合に出場した後、U-21代表の監督などを歴任。2004年、人脈と政治力を駆使してトップチームの監督に就任する。代表監督を務めた6年間にドメネクは日記をつけており、それがこの自伝のもとになった。

 初めからドメネクは、フランスのフットボール界で孤独な存在だった。第一に選手としての立派なキャリアがないため、周囲は彼を「正統」な指導者とみなさなかった。第二にフットボール界の基準からすればインテリであるため(アマチュアの俳優としても熱心に活動している)、選手たちを見下しがちだった。そして最後に、『孤独』を読めばわかるとおり、ドメネクには人を動かす力がなかった。