【スペイン】 「情熱の指揮官」。躍進アトレティコ・マドリード、シメオネ監督の手腕 (2ページ目)

  • 山本美智子●取材・文 text by Yamamoto Michiko
  • photo by Rafa Huerta

 グアルディオラやモウリーニョを始め、ファーガーソンやクライフなど、名将と呼ばれる誰もが達成できなかった金字塔をシメオネは打ち立てているのだ。

 それなのに、当の本人は至って落ち着いたものだ。「私達は、ぼうっとデータを見て立ち止まったりしない。統計について周囲が話すのは当然だが、私達の目的は目標を達成することにあるのだから」と冷静さを失わない。

 もちろん、現在のアトレティコの強さは、FWファルカオ(コロンビア代表)の驚異的な攻撃力なしには語れない。アルゼンチンやブラジルの選手すら、そのリズムに慣れるまで適応に苦労するスペインリーグでは、言葉の壁がない割に中南米人選手の成功例は意外なほど少ない。

 だがファルカオは、アトレティコに来る前に、すでにポルトで78試合中61ゴール(リーグ戦、欧州カップ戦などすべて含む)という記録を引っさげてやってきただけあって、アトレティコ加入初年度の昨季から国内リーグと欧州カップ戦、国王杯など50試合に出場して36ゴールを決めるという爆発的な数字をたたき出してみせた。

 今季もすでに国内リーグとカップ戦の7試合で11ゴールとその勢いはとどまるところを知らない。だが、ファルカオだけではない。シメオネは、そんな稀代のFWを抱えながらも、ファルカオ頼みに陥っていない。アトレティコが今季、リーグ戦で決めたゴール数は、現時点で18。そのうち、ファルカオが決めたのは8ゴール、つまり、半数以上はファルカオ以外の選手が決めているのだ。
 
 試合を見ているとわかるが、ゴールのほとんどが偶然の産物ではなく、多くはセットプレイから生まれている。それは、シメオネが、選手個人の力に頼らず、練習で学んだことを実践するという基本を選手に叩き込んでいることの表れだ。

 また、今季のヨーロッパリーグ初戦、ハポエル・テルアビブとの試合では、スタメンをがらりと変えて、ベンチの選手にチャンスを与えた。そこには、データや目先の勝利にこだわらず、長期的な視点に立って、国内リーグ、ヨーロッパリーグ、国王杯と複数のタイトルを狙っていこうという野心と狡猾さが垣間見える。誰もがやろうと思ってできる冒険ではないが、シメオネは結果を出し、ハポエル・テルアビブを3-0で下した。

 相手がビッグクラブなら、放っておいても選手は勝手にモチベーションをあげるが、そうでない場合は何か手を打つ必要がある。そういった選手心理をうまく扱い、落としてはいけない試合を確実にものにしていくところに、シメオネの監督としての手腕があるのだろう。

 1994-1995シーズン、アトレティコ・マドリードがリーグ優勝と国王杯のダブルタイトルを獲得したとき、グラウンドの中心でキャプテンマークをつけて雄叫びをあげていたのが、シメオネだった。それから16年、2011年に監督として戻ってきたシメオネと共に、強いアトレティコ・マドリードが帰ってきた。

 シメオネの持つ情熱は、伝染する。現キャプテンのガビも、「シメオネが僕らのプロジェクトの礎(いしずえ)だよ」と断言する。シメオネにとって、今も昔もサッカーはビジネスでもなければ、飯の種でもない。それは情熱であり、人生哲学なのだ。

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