【Jリーグ】 ドゥンガはなぜレベルの低い日本に来たのか 「発展途上だと言うことは否定しません。けれど......」 (3ページ目)
【JリーガーでもW杯で戦える】
猛烈な反骨精神のすぐそばには、ピュアな思いもあった。
「ブラジルのサッカー選手には、アマチュアのような部分が残っています。それは、サッカーがすごく好きだということです。ヨーロッパのクラブへ移籍することにしても、好きなサッカーをより高いレベルで表現したい、という気持ちがある。もちろんお金のためでもありますが、サッカーが好きだという気持ちをずっと持ち続けていきます」
ならば、ヨーロッパよりもレベルが落ちる日本へ来た理由は?
ドゥンガはゆっくりと首を横に振った。
「Jリーグが発展途上だと言うことは否定しません。けれど、レベルの高い外国人選手がいるじゃないですか。ジュビロにはアジウソンというすばらしいCBがいる。鹿島にはジョルジーニョやビスマルクがいて、マリノスにはフリオ・サリナスがいる。グランパスではストイコビッチが活躍している。
彼らのような優秀な外国人選手と戦い、勤勉で真面目な日本人選手と過ごす日々から、私自身も学ぶことが多い。つまりは『成長できる』ということです」
1998年のフランスワールドカップには、ジュビロの一員として出場した。34歳にしてなお主力を担い、グループステージ初戦からファイナルまでの全7試合にスタメン出場した。帰国後、ドゥンガは言った。
「Jリーグでプレーしていても、ワールドカップのレベルで戦えることを証明できたと思う」
そして、こうも話した。
「ブラジルは準優勝に終わったから、厳しい言葉をたくさん受けた。それがまた、私を成長させてくれます」
この男の敢闘精神は、あきれるほどに揺らぎがなかった。
著者プロフィール
戸塚 啓 (とつか・けい)
スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専
門誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より 7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグ ワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本 サッカー』(小学館)
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