J1通算100得点――エゴイストではない点取り屋・渡邉千真の気概「自分で限界を作りたくない」 (2ページ目)
また、いろんなポジションを預かったことで、結局僕は、"取る側"の選手だと確認できたのも、自分にとっては意味のあることだったと思っています。ちょうど30代に突入するくらいの時期でしたけど、FWである自分がこの先もプロの世界で生き残っていこうと思うなら、どのポジションをするにしても、やっぱり明確な結果が必要だとリマインドできたのは、以降のキャリアを過ごすうえでも大きかった」
その時々でチームメイトとして戦った、さまざまな選手との出会い、学びも、力に変えて。
「たくさんのチームで、いろんな選手と一緒にプレーできたことも、すごく大きな財産だったと思っています。横浜F・マリノス時代のオグリさん(大黒将志)のクロスボールへの入り方とか、ボンバー(中澤佑二)のプロサッカー選手としての振る舞いとか。FC東京で国見高校の先輩たち、(徳永)悠平さんや、(平山)相太さん、(中村)北斗さんらと再び同じチームで戦えたのもすごくうれしかった。
横浜FC時代のカズさん(三浦知良)やシュンさん(中村俊輔)、(南)雄太さんもそうですが、ポジションに関係なく、その時々でいろんな人のスペシャルなプレー、生き様を見て、吸収してきたから、今の自分がいる」
加えて言うなら、ステージや所属チームに関係なく、変わらない温度で自分の体と向き合い、いろんな角度から点を取ることを模索し続けているのも、今のキャリアを語るうえで欠かせない要素だろう。言うまでもなく、年齢が上がるほど自身の体に対する準備やケアがより必要になる一方で、戦う環境はより過酷になっていく現実はあるが、それを理由に練習の強度を調整することもないという。SHIBUYA CITY FCでも、だ。
「このチームは若い選手が多いし、マスさん(増嶋竜也監督)の練習は結構ハードなので、当然キツいんですけど(笑)、基本的に練習はフルでしっかりやりきることを自分に求めています。監督も元プロ選手なので、コンディションを気遣う言葉を掛けてくれることもありますが、それに甘えてしまうと、どんどん体が休むことを覚えて、プレーにブレーキが掛かりそうな気がするから。
もちろん、体のどこかに痛みを感じている時はセーブもしますけど、そうじゃない限りは、自分で限界を作りたくない。じゃないと、一緒にプレーするチームメイトにも失礼だし、信頼も得られないですしね。何より、そんなふうに調整するようになると、ピッチでの結果を求められなくなる気がするから」
そうした考え方も、横浜FCでともにプレーしたベテラン選手たちの姿から学び取ったものだという。先にも名前があがったカズや中村俊輔らは、身を以てプロサッカー選手としての在り方を示してくれた。
「30代も半ばに差し掛かるくらいの時に、横浜FCでシュンさんやカズさんと一緒にプレーできたことは本当に大きかったです。キャリアの過ごし方、終え方はひとつじゃないと考えられるようになったのも、彼らの姿を見てきたからこそ。
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