ラモン・ディアスのシュートが、わかっていても止められなかった理由 (2ページ目)

  • 後藤健生●文 text by Goto Takeo
  • photo by AFLO

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 ディアスが代表レベルで最も輝いたのは1979年のワールドユーストーナメント(U-20ワールドカップの前身)日本大会での優勝と得点王だった。ディアスはマラドーナと組んで、この大会でアルゼンチンを優勝に導いた。

 日本とは縁のあるプレーヤーなのである。

「点取り屋」には、いくつかのタイプがある。

 強烈なシュートを叩き込む豪快なストライカー・タイプ。大昔の話で恐縮だが、1960年代から70年代にかけて活躍した釜本邦茂がその典型だし、世界的にはマルコ・ファンバステン(※80~90年代にミランやオランダ代表で活躍)などがこのタイプに分類できるだろう。現代で言えば、クリスティアーノ・ロナウド(現ユベントス/ポルトガル)か。

 そのほかに、相手のDFライン(およびアシスタント・レフェリー)と駆け引きしながら、一瞬の動きで相手の前に出て決めきるフィリッポ・インザーギ(※90年代後半~2000年代にユベントスやミラン、イタリア代表で活躍)や佐藤寿人(ジェフユナイテッド市原・千葉)のような点取り屋もいれば、相手DFラインの裏に抜け出して、どんな形であれボールをネットに押し込んでしまう岡崎慎司(ウエスカ)やゲルト・ミュラー(※70年代にバイエルンや西ドイツ代表で活躍)のようなタイプもいる。

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