2020.03.27

ラモン・ディアスのシュートが、
わかっていても止められなかった理由

  • 後藤健生●文 text by Goto Takeo
  • photo by AFLO

最も印象に残っている
Jリーグ助っ人外国人選手(4)
ラモン・ディアス(横浜マリノス/FW)

 1993年、Jリーグ開幕のシーズンに28ゴールを決めて初代得点王となったラモン・ディアス。

シュートのうまさが際立つストライカーだった、ラモン・ディアス 翌々年には同じアルゼンチン出身のホルヘ・ソラーリ監督と対立してわずか6試合だけで退団し、そのまま引退してしまったので、ディアスがJリーグでプレーしたのはわずか2年ちょっとだった。だがこの間、リーグ戦だけで75試合に出場して52ゴールを決めている。1試合平均得点0.693というのはJリーグ歴代9位の記録である。

 母国アルゼンチンのリーベルプレートでプロデビューしたディアスは、その後、イタリアのナポリやフィオレンティーナ、インテル、フランスのモナコなどでプレーしたが、そのディアスがもっとも輝いたのは、34歳だった開幕直後のJリーグの時だったと言っていいだろう。

 アルゼンチン代表では、ディアスはその力を発揮しきれなかった。

 若くしてセサル・ルイス・メノッティ監督に見出されてアルゼンチン代表に招集され、1982年のスペインワールドカップに出場したものの、大会は失意の2次リーグ敗退。その後は代表から遠ざかってしまったのだ。当時のアルゼンチンで、絶対的存在だったディエゴ・マラドーナと反目したことが原因だとも言われているが、真相は謎のままだ。