2020.03.24

ピクシーの記憶に残るプレーの数々。
そのどれもが美しく遊び心があった

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi
  • photo by AFLO


 その瞬間、ストイコビッチはシュートをやめ、ボールをぴたりと止めた。スペインDFは為す術なく、ストイコビッチの目の前を滑りながら通り過ぎていく。

 これで完全にGKと1対1。名手アンドニ・スビサレッタは慌てて飛び出したが、ストイコビッチは冷静にゴール左にボールを流し込んだ。

 それから4年後の1994年6月、ストイコビッチの名古屋グランパス入りが決まった。ニュースを聞いたときの驚きたるや......。ジーコやガリー・リネカー、ピエール・リトバルスキーの来日にも興奮したが、それらとはちょっと違う嬉しさがあった。

 成田空港に降り立ったストイコビッチは、真っ赤なスーツに身を包んでいた。ド派手な出立ちは、スーパースターそのもの。入団会見では「名古屋にはドラゴンズという野球チームがあるから、私のドラガンという名前も覚えやすいと思う」というリップサービスまで飛び出した。

 イタリア・ワールドカップ後に移籍したマルセイユで大ケガを負い、欧州のサッカーシーンでは名前を見なくなっていたから、リネカーのように鳴かず飛ばずでなければいいが、と心配したが、杞憂に終わった。