2019.07.05

名波浩監督の辞任に思う。クラブ間の資金力格差と長期政権の難しさ

  • 津金壱郎●構成 text by Tsugane Ichiro
  • photo by Getty Images

福田正博 フットボール原論

■ジュビロ磐田の名波浩監督が、6月30日の川崎フロンターレ戦(1-3で敗戦)後に3勝5分9敗で最下位という成績不振の責任をとって辞任した。後任には、鈴木秀人ヘッドコーチの昇格が決まった。今回の監督交代をふまえて、元日本代表の福田正博氏がプロサッカークラブの指揮官を務めることの難しさを考察した。

2014年から磐田を率いて6年目で退任した名波浩監督 名波監督の退任劇はクラブ間の資金力格差や、長くチームを率いることの難しさについて考えさせられた。

 名波体制が誕生したのは、2014年9月末。前年のJ1で17位になってJ2を戦っていたジュビロ磐田は、『J2優勝』と『J1昇格』を目標に掲げて、2014年シーズンからペリクレス・シャムスカ氏を監督に招へい。しかし、シーズン終盤の順位が自動昇格圏外などを理由に契約を解除し、チームの指揮は名波監督に託された。

 磐田はこのシーズンでのJ1昇格は逃したものの、翌シーズンJ1に復帰。3年ぶりのJ1となった2016年は13位、2017年は開幕前に中村俊輔を獲得したことも好影響をもたらして6位に躍進した。

 しかし、さらなる上位進出を目指した昨シーズンは、故障者が増えたこともあって波に乗れず、残留争いに巻き込まれて16位。今季は下位に低迷してシーズン途中の退任劇となってしまったものの、名波監督が約5年のキャリアで示した指揮官としての成果は、間違いなくある。

 磐田は初優勝した97年、99年、2002年と過去3度のリーグ王者になっており、その黄金期を支えたクラブOBたちが名波監督のもとで強化を続けてきた。だが、当時と現在を比較して、いまの磐田の資金力は潤沢とは言えない。それが名波体制を苦しめた遠因だったのではないかと考えている。

 黄金期の磐田には日本人選手は日本代表クラスが多く、それに加えて、現役ブラジル代表のドゥンガや、元イタリア代表のサルバトーレ・スキラッチらも在籍していた。現在では、代表クラスの日本人は海外へ移籍することがほとんどであり、また、世界的なタレントを獲得するには莫大な金額が必要になる。

 名波監督は、数年後には黄金期のような上位争いをすることを目標にしていたはず。だが、常に優勝を争うビッグクラブになるためには、能力の高い選手を毎年補強し続ける必要がある。それを実現するだけの資金力が、いまの磐田に十分にあったとは言えないだろう。