「仙人」イニエスタの夢のひと振り。魔法ではない優れた準備が光る (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 藤田真郷●写真 photo by Fujita Masato

 前半13分、イニエスタは幻術でも使うように、右サイドを崩している。味方が相手の攻撃をカットし、自陣からのパスをセンターライン近くで受けた後だった。ボールを前へ動かし、中の様子を見ながら、外のコースを取って、立ち塞がろうとする相手を手玉に取る。自らスペースを創り出すと、右サイドを走る三田啓貴に、その歩幅に合わせるようなパス。折り返しからのシュートはバーを叩いたが、その技術はFC東京を徐々に痛めつけた。

「(イニエスタに)いつも軸足を見られている感じで、簡単に飛び込めない。(試合前は厳しくマークする手はずだったが)早々に、みんなで飛び込むのはやめよう、と。後ろで持たせている分には、と思っていました」(FC東京・橋本拳人)

 試合のペースは、好調を維持するFC東京が握っていた。右サイドで幅を使い、室屋成からディエゴ・オリヴェイラへのクロスはひとつの形だったし、ロングカウンター、ショートカウンターでも神戸ゴールに押し寄せた。神戸のGKからの"プレゼントミス"で1対1になるシーンもあった。久保が移籍しても、チームとしての完成度で上回り、神戸を追い詰めた。

 しかし、神戸は踏みとどまった。イニエスタがボールに触るだけで、乱れかけた攻守が立て直された。「アンドレスはボールを失わない。必ずボールは出てくる」。そんな信頼感がチームに勇気を与えていた。

「アンドレス(イニエスタ)はチームのベストプレーヤー。彼がもたらす安心感、クオリティはやはり大きい」(神戸/ダビド・ビジャ)

 そして後半4分だった。イニエスタは、魔法の杖をひと振りするように試合を決める。

 前半と違い、立ち上がりの神戸は、右サイドから厚みのある攻撃を仕掛けていた。ただ、イニエスタはペナルティエリア内に入っても、左サイドの離れた場所に身を置き、ゴール前の密集地帯に入っていない。そして西大伍からのクロスをファーサイドで受ける。完璧にコントロールした後、一度はクロスを狙うモーションを見せ、GKがそのためのステップを踏んだ瞬間、ニアサイドに打ち込んだ。

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