2019.06.14

鳥栖の豊田陽平が語るどん底からの
復活劇。「ダメなら引退するだけ」

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by Yamazoe Toshio

 3年目にはJリーグベストイレブンに選出。4年目には自身リーグ最多の20ゴールを挙げて得点王を争い、日本代表デビューを飾っている。そして5年目は前半戦で鳥栖を首位に立たせ、ブラジルW杯予備登録メンバーに入り、代表初得点も決めた。6年目には4年連続で15得点以上を記録し、日本代表として2015年アジアカップに出場している。鳥栖の選手としては、どれも”初尽くし”だった。

<鳥栖=豊田>

 そう言っても大袈裟ではない時代だった。

「自分は人に活かされる選手。王様というか、スター選手ではない。鳥栖のおかげで、ここまで来られた。この町だから成長できたと思っています。鳥栖では、犠牲心を持てるか、隣の選手のために2倍働いたら、次は必ず助けてもらえるというか……。その結びつき、助け合いが大事なんです」

 そう語る豊田の人間性こそ、「鳥栖らしさ」を表してきた。

 ところが、クラブは莫大なスポンサー収入を得るようになると、それを湯水のごとく使い、監督登用も定まらなくなった。選手の入れ替わりが激しくなって、チームの色も薄まる。陣容は華やかになったものの、成績はむしろ低迷した。

 昨シーズンは、元スペイン代表FWフェルナンド・トーレスの加入が話題を振りまいたが、チームは不調に喘いだ。終盤戦、U-18を率いていた金明輝監督が急遽、指揮を執って、どうにか残留したに過ぎない。

 にもかかわらず、今シーズンはスペイン国内で失敗続きだったルイス・カレーラス監督を招き、再び迷走。チームとして10試合で1得点という体たらくで、解任は必然だった。

 この2年で、「鳥栖らしさ」は摩耗した。豊田はそれに耐え忍んだ。

「(金)明輝さんが、正しい競争を現場に戻してくれました」

 豊田は変化を端的に語る。5月、金監督が正式に監督に戻ってくると、リーグ戦は破竹の3連勝。一方でエースの座を託された豊田は、3試合連続で先発出場し、2得点を決めている。

「明輝さんは、どんな選手であっても、必要なら厳しく言える。外国人監督のように、監督の決めつけで選手を干したり、好みで使ったりしない。正しい評価をしてくれるし、自分たちのストロングを平等に使ってくれる」