2015.10.22

清水エスパルス、J2降格の真相。発端は5年前の「事件」

  • 望月文夫●文 text by Mochizuki Fumio
  • 松岡健三郎●撮影 photo by Matsuoka Kenzaburo

 1993年Jリーグ開幕時の10クラブのひとつで、「サッカー王国」静岡の人気クラブである、清水エスパルスのJ2降格が決まった。

 J1セカンドステージの第14節(10月17日)、清水はホームにベガルタ仙台を迎えた。勝てば、この日のJ2降格は回避できる状況を作れたが、地元ファンの声援を受けながら、0-1であえなく敗れた。それからおよそ4時間後、第13節終了時点で年間順位15位(勝ち点30)のアルビレックス新潟が勝利し、年間勝ち点21の清水は、残り3戦を全勝しても残留ラインに及ばないことが決定。終焉となった。

ベガルタ仙台戦に敗れてJ2降格がほぼ確定し、がっくりとうなだれる清水エスパルスの選手たち。 降格の理由について、清水の左伴(ひだりとも)繁雄社長はまず、「(社長)就任当初に掲げた『気迫』『球際の激しさ』『1対1の強さ』『相手の腰を引かす怖いサッカー』という公約を果たせなかった」と、現場スタッフ、選手たちの力不足を指摘した。そのうえで、「移籍マーケットへの参入の出遅れが響いた」と、フロント強化部の責任も強調した。

 しかしそれは、今季に限った理由に過ぎない。Jリーグ発足から23年守り続けた国内トップカテゴリーから陥落し、日本一を自負する「サッカーどころ」のプライドがズタズタにされる兆候は、すでに数年前からあった。