2015.08.22

【育将・今西和男】高木琢也「ナチュラルに選手の気持ちがわかる人」

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko

『育将・今西和男』 連載第4回
門徒たちが語る師の教え V・ファーレン長崎監督 高木琢也(2)

2013シーズンから、V・ファーレン長崎の 指揮を執る高木琢也監督 ©VVN

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 1991年、移籍証明書が発行されない間、今西によって望外のサッカー留学をさせてもらった高木はマンチェスターからの帰国後「この恩に報いなければ」との一念からハードな個人練習を自らに課した。

 一見豪放に見えて、実は自他共に認める過度の心配性だからこそ、不安を打ち消すためにトレーニングに没頭した。全体のトレーニングが終わっても、必ず居残って1時間以上はシュートを打ち続ける高木の努力をまた今西も見ていた。数えてみたら、100本は必ず打っていた。ストライカーとしての個人スキルを高める一方、チームシステムの中におけるFWの動きを1992年からサンフレッチェの監督に就任したスチュワート・バクスターから学んだ。

 イギリス人のバクスターは高木を一目見て、この大型選手をターゲットマンにしたフォーメーションを描いていたのである。現在の高木が「自分が一番選手として成長して変わったなと思うのは、スチュワートのとき」と回顧するように、楔(くさび)の入り方、2トップでのパートナーとのコミュニケーションの取り方を徹底的に教え込まれた。1994年にJリーグファーストステージでの優勝をサンフレッチェにもたらすことになるこのバクスターも、無名時代に今西がその慧眼から選んだ指導者である