2015.07.26

【育将・今西和男】 森保 一監督が継承する「サッカー哲学」

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko  photo by Kyodo News

『育将・今西和男』 連載第2回
門徒たちが語る師の教え サンフレッチェ広島監督 森保 一(2)

2012シーズンから、古巣・サンフレッチェ広島を率いる森保一監督

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 森保はマツダの入団テストの際、5人の採用枠から漏れた6番目の選手という評価であったが、「遠くが見られて一列先にパスが出せる」という特性を見抜いた今西の計らいで、子会社のマツダ運輸に入社が叶い、サッカー部に入部することが出来た。しかし、チームで最も下にランクされた選手であることに変わりはなかった。当時の身長は170センチで体重は58キロ。プレー以前に身体作りから始めねばならず、最初の2年は試合に出場するどころか、二軍にあたる「マツダサッカークラブ東洋」の練習に食らいついていくことで精一杯であった。

 マツダ本社と子会社のマツダ運輸では、職場も給与体系も手当も異なる。基本給にしても1万円ほどの差が有り、まだ18歳の少年にすれば、ひとりだけ取り残されたような境遇に不安と不満を覚えて自暴自棄になってもおかしくはない。それでも今西は「お前が活躍してレギュラーの選手として認められたら、本社採用に切り替えるように動くけえ、絶対にがんばれ」と励まし続けた。具体的なアドバイスも必ず付け加えた。「他の選手に比べて、お前には速さも高さも無い。ただ、チームの戦いの中でハードワークをすることは出来るじゃろ。それを続けて行くんじゃ」。要は自分の出来ることをしっかりやれ、ということだった。森保もそれに応えた。時折、トップチームの全体練習に入れてもらえたときは、持っているものはすべて出し切るつもりで力の限りを尽くした。試合の翌日のリカバリーの日も自分は出場していないからと、動けなくなるまで走り続けた。

 紅白戦に出場出来たときは、とにかく走り回ってボールを持っている相手選手をつぶすこと、一緒に倒れても必ず先に立ち上がることを心がけた。