2013.10.11

山口素弘が語る「横浜フリューゲルスの思い出」

  • 松本直也●撮影 photo by Matsumoto Naoya

Jリーグ20周年特別企画 Part.2
1993年のJリーグ創設以来、最大ともいえる事件は、1998年10月29日に起こった。横浜フリューゲルスが横浜マリノスに吸収合併(※)された出来事だ。フリューゲルスのキャプテンを務めていた山口素弘氏(現横浜FC監督)が、当時を振り返ってくれた。
※横浜フリューゲルスの出資会社のひとつであった佐藤工業が、経営不振のため撤退を表明。もうひとつの出資会社であった全日空は当時経営が振るわず、単独でチームを支える余力がなかった。そのため、横浜マリノスの親会社である日産自動車と協議をした結果、マリノスにフリューゲルスが吸収合併されることになり、横浜フリューゲルスは事実上消滅することになった。

■ボランチ・山口素弘の基礎を作ったクラブ

 横浜フリューゲルス。それは、「ボランチ・山口素弘」の基礎を作ったところであり、プロとしての基盤となった場所。最初は、加茂(周)監督に「お前らは、これ(サッカー)で飯を食っているんだ!」というプロの厳しさを叩きこまれた。ボランチというポジションで、自分のプレイを確立したのもフリューゲルス時代だ。

横浜フリューゲルスのキャプテンとしてチームを牽引した山口素弘氏。現在は横浜FC監督 僕が大学を卒業してフリューゲルスを選んだ理由は、自分は決してトッププレイヤーではなかったから、これから伸びて行くチームで、自分も一緒に成長していきたいというのがあった。もうひとつは、加茂監督から「面白いサッカーをしたかったらうちに来い」と声を掛けてもらったというのも大きい。いったい、どんなサッカーをするんだろうと楽しみにしていた。それが”ゾーンプレス”。これまでにない考えだったし、面白かった。ただし、当然、難しさもあった。加茂監督は妥協を許さない方だから、要求は高いし、練習もきつかった。

 フリューゲルスはJリーグが開幕した93年に天皇杯で優勝。94年はシーズン中に8連勝するなど、チームは確実にレベルアップしていった。95年は、加茂監督が日本代表の監督に就任したこともあって体制が変わり、いい成績を残せなかったが、この年にジーニョ、サンパイオ、エバイールのブラジルトリオが入ってきて、戦力が揃ってきた。