漫画家とノンフィクション作家が語る「サッカー選手の描き方」

中村尚儁×小宮良之 対談

 サッカー選手、安藤ソラをめぐる人々の人間ドラマを描いた人気漫画『1/11じゅういちぶんのいち』(ジャンプスクエアに連載中)の作者、中村尚儁氏。李忠成、北嶋秀朗、水野晃樹ら、決して折れない選手たちに迫る連作『アンチ・ドロップアウト』をスポルティーバで発表しているスポーツライターの小宮良之氏。フィクションとノンフィクションの違いはあるものの、丁寧な人物描写に定評のあるふたりの作家が、サッカーとお互いの作品について語り合った。

――中村先生はサッカーの試合自体はよくご覧になりますか。

中村 サンフレッチェ広島が好きなので、毎週テレビで応援しています。スタジアムに行く機会はそう多くないのですが、藤田俊哉選手の引退試合には行きました。

小宮 なかなか感動的な試合でしたね。サッカー選手は純真で、子どもがそのまま大人になったような人が多いのですが、藤田選手もそのひとり。『1/11』の安藤ソラ君もそうだけど、子どものままのエネルギーがないと、一挙手一投足で5万人の観客に悦楽を与えることはできない。

中村 藤田さんを取材したのですが、まさにそうでした。自分の会う前のイメージとして、藤田選手はフィジカルが客観的に見てあまり強くないから、そのぶん考えてプレイする、というタイプの選手ではないかと思っていたんです。ただもうひとつの可能性として、そこらへんを全部とっぱらって本能でいくタイプ、ということも考えられる。2パターンを考えていたのですが、後者でした。しかもその言葉が核心をついてくる。

小宮 僕は『アンチ・ドロップアウト』の取材で会ったのが初対面で、「来て」というから熊本に行ったら、親戚の方も来ているような飲み会でした(笑)。みんな知り合いの中でひとり、「こいつ、何しに来てるの」という感じでした。それでなぜこの人が熊本まで来てサッカーを続けているのかと考えると、やはり本能のまま、子どものときの気持ちのままなのではないか、と。

中村 面白かったのは、「自分はどこへ行っても、なんだかんだ言ってできちゃうんだよね」と言っていたことです。サッカーばかりやっていたから勉強はできなかったけど、やればたぶんできちゃう。誰に何と言われようと、そう思っている。だから監督としてもたぶん成功するんじゃないかな、と。でも、それが一番強いところなんだと思いました。

――中村先生は大久保嘉人選手もお好きだとか。

中村 自分にないものを持っていて大好きです。誰が見てもギラギラしてる。僕は生真面目でそういう部分をなかなか表に出せないんです。大久保選手はヘタをしたら嫌われ者になるくらいギラギラしていて、そこが魅力的です。

――印象に残っているプレイはありますか。

中村 セレッソ時代だと思うのですが、一時期、コーナーフラッグ付近でディフェンダーと1対1になると、必ず踵(かかと)を使ったフェイントで抜きにいってたんです。その姿勢がすごいな、と。

小宮 原石そのものという感じがします。スペインのマジョルカ時代、彼を追っていたのですが、バルセロナのホーム、カンプノウでプジョルに股抜きをしたんです。あれはちょっと信じられなかった。股抜きというのはディフェンダーの尊厳を踏みにじるようなところがあります。プジョルは怒ってカニばさみでタックルしてました。デポルティーボとのデビュー戦では、タックルをくらって骨が見えるほどの傷を負ったのですが、傷口を文房具のホッチキスで止めてプレイし、その後アシストも決めました。試合後に気持ちが悪くなって病院に行ったようですが、何を考えているんだろうと思いました(笑)。

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