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【サッカー日本代表】AFC U23アジアカップでベテランライターが思い出す29年前 入国困難なサウジアラビアで試合を観た (4ページ目)

  • 後藤健生●文 text by Goto Takeo

【同年9月にも再訪した】

 さて、この時の滞在ではジッダで1次予選を観戦した後、首都のリヤドに回ってサッカー連盟やアル・ヒラルなどのクラブを取材。アル・ヒラルの会長という王族の屋敷に招待されるという珍しい経験もした。

1997年3月。後藤氏が取得したW杯アジア1次予選サウジアラビアラウンドのADカード(画像は後藤氏提供)1997年3月。後藤氏が取得したW杯アジア1次予選サウジアラビアラウンドのADカード(画像は後藤氏提供)この記事に関連する写真を見る アジア最終予選はホーム&アウェー方式で行なわれた。日本の2戦目のUAE戦は9月19日にアブダビで開催されたが、その前週は日本の試合がなかったので、僕はリヤドでサウジアラビア対クウェートを観戦することにした。3月に行った時にサッカー連盟の人たちと顔見知りになっていたので、この時は連盟にビザを頼んだらすぐに招請状を送ってくれた。アラブ人の世界ではコネが大切になる。

 ちなみに、9月のアラビア半島は最高気温が40度台後半に達しており、リヤドでは湿度が10%以下。観戦しながらメモを取ろうとすると紙がパリパリで破けてしまいそうだった。一方、アブダビは湿度が高くて蒸し暑く、紙は湿っていてめくれないほど。人生で最も暑い思いをした10日間となった。

 その時の、サウジアラビアの緊急ビザを皆さんにもぜひ見てもらいたいのだが、実は2001年にアルゼンチン取材に行った時、強盗にピストルを突きつけられてパスポートごと貴重な「緊急ビザ」を奪われてしまった。残念なことをした......。

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著者プロフィール

  • 後藤健生

    後藤健生 (ごとう・たけお)

    1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7500試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。

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