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【サッカー日本代表】AFC U23アジアカップでベテランライターが思い出す29年前 入国困難なサウジアラビアで試合を観た (3ページ目)

  • 後藤健生●文 text by Goto Takeo

【入国審査場で1時間半】

 翌日、ガルフ航空(バーレーン、アブダビ首長国、オマーンが出資した、当時中東最大の航空会社=現在はバーレーン単独出資になっている)のマスカット支店で航空券を買おうとしたのだが、「ビザがないと販売できない」と言われた。ビザなしでサウジアラビアに行くなど、非常識なことだった。それでも、サウジアラビア連盟からのFAXなどを見せて粘って、なんとか航空券を売ってもらって3月28日にドーハ経由でジッダに向かうこととなった。

 到着は夜の11時近くになっていた。

 ジッダ空港にはターミナルがふたつある。ひとつは一般用、もうひとつは巡礼専用のターミナルだ。

 マッカ(メッカ)の商人だったムハンマドは西暦610年に神の啓示を受け、それがイスラム教のはじまりだった。そして、マッカは聖地となった。

 イスラム教徒(ムスリム)は毎日5回礼拝をする義務があるが、世界中どこにいてもマッカの方向(キブラ)に向かって祈りを捧げることになっている。だから、中東のホテルの部屋には必ずマッカの方向を示す印が描かれており、イスラム教国の航空会社に乗ると、飛行中もマップで常にマッカの方角がわかるようになっている。

 そして、ムスリムには一生に一度はマッカに巡礼することが奨励されており、ジッダはマッカから約60キロの距離にあるので、巡礼の入口となっている。それで、専用のターミナルがあるのだ。ジッダ市内の道路を走っていると行き先表示として「マッカ」と書いてあるのをよく見かける(ただし、異教徒はマッカには絶対に入れてもらえない)。

 僕はもちろん一般用ターミナルに向かった。そして、入国審査場に到着。

「ビザは?」と係官。

「ありません。こちらに用意されているということですが......」とFAXを見せると、僕は入国管理局の事務所の一室に連れて行かれた。そして、係官はそのまま部屋を出て行ってしまい、30分経っても、1時間経っても誰もやって来ない。完全な"放置状態"だった。

 1時間半後に戻ってきた係官は、おもむろに僕が座っていた机の引き出しから書類を取り出すと、いきなりパスポートにスタンプを捺して何やら文字を書き込んだ。それがビザだった。

 パスポートの1頁が埋まるほど大きなアラビア文字がびっしり書かれた紫色のスタンプ。入国の日付(ヒジュラ暦で「1417年何月何日」)も全部アラビア文字だった。

 サウジアラビア連盟に「各チームと同じヒルトンに泊まれ」と指示されていたので、タクシーでヒルトンに向かってチェックインしたのだが、ホテルの係員は僕の顔をマジマジと見てこう言った。

「珍しいビザを持っているなぁ」

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