2022.03.22

J開幕前夜の劇的な日本代表の一戦。福田正博は自身のベストゲームにチョイス「あの時がピークだった」

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki
  • photo by Etsuo Hara/Getty Images

日本代表「私のベストゲーム」(9)
福田正博編(前編)

これまでに数多くの選手たちが日本代表に選出され、W杯やW杯予選、アジアカップやコンフェデレーションズカップなど、さまざまな舞台で活躍してきた。そんな彼らにとって、自らの「ベストゲーム」とはどの試合だったのか。時を経て今、改めて聞いてみた――。

 Jリーグ開幕前夜。当時はまだ、日本が一度もワールドカップに出場したことのなかった時代である。

「なんていうのかな、日本サッカーの過渡期......、いや、過渡期なんてものじゃない。転換期、変革期......、もう革命期と言ってもいいかもしれない。それくらい、いろんなことがそれまでとはガラッと変わりましたよね。僕はその(変化の前後)両方に身を置けたっていうことが、ものすごく大きな財産になっています」

 そう語る福田正博が選んだ、自身の日本代表ベストゲームは、まさに日本サッカーが大きく変わるきっかけとなった大会での1試合。

 1992年11月6日、広島スタジアムで行なわれたアジアカップ準決勝、日本vs中国の一戦だ。

1992年アジアカップで際立った活躍を見せた福田正博1992年アジアカップで際立った活躍を見せた福田正博 この記事に関連する写真を見る  福田がこの試合をベストゲームに選んだのには、主にふたつの理由がある。

 まずは、「チームが右肩上がりに成長していて、すごく勢いを感じていたし、そういうなかで、自分がすごくいいパフォーマンスができていた」からだ。

 1992年4月、オランダ人のハンス・オフトが初めて外国人として監督に就任した日本代表はその年、初陣のキリンカップを皮切りに、オランダ遠征、ユベントスを迎えての親善試合と、立て続けに強化試合を行なっていた。

 そんななか、チーム内での存在感を強めていたのが、当時25歳の福田だった。

「オフト(が監督だった時代)の代表のなかでは、自分で言うのもなんですけど、キーマンになれたのかな、というふうには思っています」