2021.11.22

「チームはバラバラ」疑問と不安を抱えながらも奮闘。今野泰幸が自らの日本代表ベストゲームに挙げた意外な一戦

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki
  • photo by AFLO

日本代表「私のベストゲーム」(2)
今野泰幸編(前編)

これまでに数多くの選手たちが日本代表に選出され、W杯やW杯予選、アジアカップやコンフェデレーションズカップなど、さまざまな舞台で活躍してきた。そんな彼らにとって、自らの「ベストゲーム」とはどの試合だったのか。時を経て今、改めて聞いてみた――。

 今野泰幸の日本代表デビューは2005年8月、ジーコ監督が率いていた当時のことだ。以来、愚直なボールハンターは歴代の日本代表監督に重宝され、計6人の指揮官の下、国際Aマッチ通算93試合に出場してきた。

 なかでも最も長い期間、そして最も多くの試合でプレーしたのは、アルベルト・ザッケローニ監督の時代。次いで、岡田武史監督の時代である。

「正直、代表への思い入れは、ザッケローニ監督の時とか、岡田監督の時とかのほうが強かったんです」

 今野がそう語るのも当然のことだろう。だがしかし、彼がベストゲームに選んだ試合は、意外なことにいずれの監督の時代にも該当しない。

「でも、いろんな状況を踏まえたなかで、ああいう大仕事ができたというか、チームが勝つこともできたし、自分が得点をとることもできた。それはすごく評価できることなのかな、と」

 自ら「珍しく、僕らしくないことをやった(笑)」と振り返る試合とは、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督時代の2017年3月23日、UAEのアルアインで行なわれたワールドカップロシア大会のアジア最終予選、日本vsUAEである。

ロシアW杯アジア最終予選、アウェーのUAE戦を日本代表における自らのベストゲームに挙げた今野泰幸ロシアW杯アジア最終予選、アウェーのUAE戦を日本代表における自らのベストゲームに挙げた今野泰幸 この記事に関連する写真を見る  それは突然の招集から始まった。

「あの試合、僕は急遽(五輪代表の)オーバーエイジみたいな形で呼ばれたんですよね」

 今野が苦笑いで振り返る。

「長谷部(誠)がケガで出場できなくて、急にポンと呼ばれて結果を残さなきゃいけない、という状況でした」

 日本代表での経験が豊富な今野も、当時はハリルホジッチ監督就任以降、2015年3月の親善試合2試合に出場しただけ。日本代表から遠ざかり、すでに2年が経過していた。

「代表引退はしていなかったですけど、もう(招集は)ないだろうなって、ファンみたいな感じで日本代表を応援していたので......。急遽呼ばれて、正直、頭のなかを整理できませんでした」