17年前を例に考える。東京五輪延期の場合、代表メンバーへの影響は?

  • 浅田真樹●文 text by Asada Masaki
  • photo by Carl Court/Getty Images

 2003年のことだから、もう17年も前の話である。当時J1だったジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド千葉)では、イビツァ・オシムが新監督に就任。当時J2だった川崎フロンターレで、中村憲剛が大卒ルーキーとしてデビューしたのが、この年だ。

 3月5日、U-20日本代表候補26名は国内での最後のキャンプを行なうため、福島・Jヴィレッジに集合していた。

 彼らのターゲットは、20日後に開幕するワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)。Jヴィレッジでの1週間のキャンプを経て、3月13日に登録メンバーが発表され、大会が開催されるUAEへと向かう予定になっていた。

 ところが、である。合宿2日目の夜、まさかの知らせが飛び込んできた。

 イラク情勢の悪化により、ワールドユース選手権の開催を延期する――。

 すでに年初から、大量破壊兵器の保持を理由に、アメリカがイラクへの武力行使を準備している、との報道がなされていた。それゆえ、中東地域の治安を不安視し、同大会の開催を危ぶむ声がなかったわけではない。だとすれば、その知らせを、まさかの、と表現するのは適当ではないのかもしれない。

 しかし、大会直前での延期決定は、選手たちを大きく戸惑わせるに十分なものだった。

 ワールドユースの開催延期は、3月6日に行なわれたFIFA理事会で正式に決定。当時のゼップ・ブラッターFIFA会長は、「選手や関係者、メディア、観客の安全を確保する責任を考えた」と、その理由を説明している。

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