2019.04.28

平成サッカー史を変えた怒涛の1週間。
代表監督解任から謎の同点弾まで

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki photo by AFLO

平成スポーツ名場面PLAYBACK~マイ・ベストシーン 
【1997年10月 サッカーW杯予選vsウズベキスタン】

 歓喜、驚愕、落胆、失意、怒号、狂乱、感動……。いいことも悪いことも、さまざまな出来事があった平成のスポーツシーン。数多くの勝負、戦いを見てきたライター、ジャーナリストが、いまも強烈に印象に残っている名場面を振り返る――。

 平成元年(1989年)から平成30年(2019年)までの30年間で、サッカーそのものが一番面白いのはいま現在である。

 技術的にも戦術的にも、さらにはエンタメ的にもいまが最良だ。1990年(平成2年)のイタリアW杯の映像を見ても、あの頃はよかったと郷愁に浸ることはない。日本代表のサッカーもしかり。ドーハの悲劇(平成5年)、ジョホールバルの歓喜(平成8年)の映像を見返すと、プレーのレベルの低さに愕然とさせられる。

 しかし、それでも平成サッカー史30年の中で、総合的に面白かったのはこの頃だと言いたくなる。ドーハの悲劇からジョホールバルの歓喜を経てW杯初出場をはたした1998年(平成10年)に至る5年間は、事件性に溢れる混沌としたムードに包まれていた。

 韓国と共催で2002年W杯を開催することが決定していたことも、混沌を加速させる材料になっていた。W杯本大会に出場した経験がない国がW杯開催国になったことは一度もない。この前例に日本は苦しめられることになった。日本にあって韓国にないプレッシャーでもあった。

フランスW杯予選ウズベキスタン戦。日本は試合終了間際のゴールで同点に追いついた 1998年フランスW杯アジア最終予選。日本はその韓国と同じB組(韓国、日本、ウズベキスタン、UAE、カザフスタン)に振り分けられた。当時のアジア枠は3.5。B組1位は本大会出場。2位はA組2位とのプレーオフ。それに敗れたチームは、さらにオセアニア代表とのプレーオフに回るという仕組みだった。

 日本は初戦、ウズベキスタンにホームで勝利。第2戦はUAEにアウェーで引き分け。そして3戦目の韓国とのホーム戦に1-2で逆転負けすると、順位は1位韓国(勝ち点9)、2位UAE(7)、3位日本(4)となり、加茂周監督更迭が囁かれることになった。