ドーハを去る夜、うじきつよしがラモスに熱唱した「替え歌」

  • 渡辺達也●文 text by Watanabe Tatsuya
  • photo by AFLO

 小さなテレビの前に200人の人間が押し寄せて、そんなやりとりが続いた。日本がリードし、勝利の瞬間が近づいてくると、興奮度はさらに増していった。残り時間が少なくなるにつれて、泣き出すファンも出てきた。迎えた最後の場面。イラクのショートコーナーから同点ゴールが決まると、ほとんどのファンが状況を把握できていなかった。ただただ騒然としていた。

「引き分けでも(W杯に)いけるはずだ」「いや、行けない」「ちゃんと調べろ」......。

 騒然とする輪の中に、うじきはいなかった。イラクに同点ゴールを奪われた瞬間、いや、その前からの記憶がほとんどないという。

「最後のイラクのゴールは、覚えていないんですよね。試合が終わって、どうしていいのかわからなくて、気がついたら、国立の周りをウロウロと歩いていました。放心状態というか、何も考えられなかったんだと思います。だから、イラクの最後のゴールの記憶は、あとから見たテレビの映像なんですよ。あの瞬間はどうしていたんだろう......。本当に覚えていないんです」

 それからの数日間、うじきはすっかり落ち込んでいた。

「何日間は、お通夜みたいでした。もう絶望感だけでしたね。でも、僕には『Jリーグ A GOGO!!』という番組があった。そこでは、何とかして盛り上げなきゃいけないんです。何を喋ったらいいんだって、ずっと悩んでいましたね」

 そんなうじきを助けたのが、日本代表のサポーターである『ウルトラス』のメンバーだった。彼らは番組に出演すると、「これで日本は、W杯出場に向けて、本当の意味でスタートラインに立てた」「今回の予選で、はっきりと世界が見えた」と、前向きな発言を繰り返した。それは、負け惜しみでも、お世辞でも何でもなく、これから明るい未来が待っている、というまさに正当な評価だった。

「僕は、彼らの言葉にすごく救われました。未来に希望が持てるにようになって、『じゃあ、これからはJリーグを盛り上げなきゃいけない』『Jリーグで切磋琢磨して、次こそ世界へ行こう!』というムードになった。そして実際、日本はその後、輝かしい歴史を刻んでいった」

「ドーハの悲劇」で人生が変わったという、うじきつよし。「ドーハの悲劇」で人生が変わったという、うじきつよし。 1993年、激動のサッカー界に足を踏み入れたうじき。彼にとって、「ドーハの悲劇」とは何だったのだろうか。

「僕にとっては、サッカーそのものの"原点"ですね。あれから、サッカーが本当に好きになって、のめり込んでいった。それまでも、スポーツを見るのは好きだったけれども、決して熱くはなれなかった。必死に声援を送るファンに対しても、『他人がやっていることに、なんでそんなに熱くなれるんだろう』『自分がやったほうが面白いじゃん』って、さめた目で見ていました。それが、あのチームとの出会いから変わった。『オレは一緒に戦っているんだ』って平気で言えるようになったんですよね。完全にそういうDNAが体に染みついちゃいました。"悲劇"まで味わってしまったから、サッカーを見ながら、生きるの、死ぬのって騒いで、泣いて、叫んでいた。もう、単なるサッカー観戦じゃなくなっていっていましたよね。"ドーハ"での戦いは、魂がぶるぶると震える、そういう自分のスタートでした」

「ドーハの悲劇」以来、うじきはW杯予選、W杯本大会にも必ず足を運ぶようになった。その度に、数々の興奮を味わってきた。しかし、1993年10月に体感した、あの高ぶりを超える瞬間はなかったという。(文中敬称略)

うじきつよし
1957年9月18日生まれ。東京都出身。1980年代に人気を博した『子供ばんど』のボーカル&ギタリスト。同グループの活動休止後は、俳優、タレントとしても活躍。1993年4月にスタートしたサッカー情報番組『Jリーグ A GOGO!!』(テレビ朝日系列/1996年9月に終了)の初代MCを担当した(1994年9月まで)。現在は、スカパー!の『UEFA Champions League ハイライト』のMCを務める。

■山本昌邦編>ドーハの夜。オフトが綴った「二文字」が 日本の未来を開いた

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