2013.10.23

93年のドーハ。DF勝矢寿延を奮い立たせた「ふたり」とは?

  • 渡辺達也●文 text by Watanabe Tatsuya
  • photo by AFLO

 宣言どおり、勝矢は北朝鮮戦でキム・グァンミンを完璧に抑えた。そして試合は、3-0で快勝した。この勝矢の活躍には、これまでに語られたことのない逸話がある。予選が始まると、どうしてもレギュラー組中心の練習となり、控え組の練習量は少なくなる。そこで、勝矢は意外な行動をとっていたのだ。

「予選中で、規制が厳しい環境の中で何ができるかと考えたときに、朝だったら、みんなも寝ているし、外の人通りも少ないと思って、朝食前に走っていたんですよ。朝の6時前に宿舎のホテルを抜け出して、1時間くらい、自分のコンディションを保つために、海岸線をダッシュしたりしていたんです。無断外出ですからね、本来はルール違反です。でも、あれがなかったら、僕は90分間、戦えなかったと思います」

あいつが平然と歩いていった
その姿が忘れられない

 続く4戦目の対戦相手は韓国。その前日、勝矢は都並や武田修宏(ヴェルディ/現解説者)とともに、ホテルの喫茶室でデザイナーのコシノ・ジュンコと会っていた。その際、「あとふたつ勝ったら、人生が変わるね」などと話をしていたら、コシノがおもむろに口を開いた。

「人間って、土壇場になると、100%、120%の力を出そうって、よく言いますよね。でも、それは無理なんですよ。100%の力を出そうと思えば思うほど、力が出せなくなるものなんです。結局、自分が普段やっていることしかできないんだから、割り切ることも大切なんですよ」

 その言葉に、勝矢は救われたという。

「いろいろなプレッシャーを抱えていましたが、コシノさんの言葉で、肩の荷が下りたような気がして、気持ちが楽になりました。それで、変に気負うことなく、残りの2試合に臨むことができました。すごく、いい言葉をいただいたな、と思いましたね」

 勝矢ががんばれたのは、それだけではない。最も大きかったのは、やはり都並の存在だ。

「都並のケガはかなり酷いものだった。でもあいつは、練習前に鎮痛消炎剤の注射を打ってから、普通にウォーミングアップをして、ボール回しをして、ゲーム形式の練習になったら、スライディングとかガンガンやるんですよ。だけど、練習が終わってバスに乗ると、後ろのほうから都並のうめき声が聞こえてくるんです。『うぅ~』って。痛み止めが切れると、激痛に変わるんです。本当に耐えられないほどの痛さだったと思います。

 韓国戦の前日練習が終わった日もそんな状態だったんですが、ホテルに着いたら、韓国の選手もちょうど練習を終えたところだったんですね。そうしたら、都並は韓国の選手の前を普通に歩いてエレベーターに乗ったんです。あり得ないことですよ。本当は誰かの肩を借りなきゃ、歩けないのに……。韓国側には、都並が試合に出るのか、出ないのかという情報は入っていませんからね。それを悟られないために、あいつは、相当な痛みを堪えて、ひとりで平然と歩いていったんです。あの姿は、忘れられません。

 あいつとは付き合いも長いし、韓国とも代表では一緒に何度も戦ってきた。でも、一度も勝ったことがなかった。そのことが頭の中に一気に蘇(よみがえ)ってきて、韓国戦では余計に、『都並のために』っていう思いを強くして戦っていましたね」

 勝矢の思いが強かったのだろう。オフトジャパンでも2引き分けと、勝ち星を得たことのなかった韓国に1-0で勝利した。