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【プロ野球】「おまえら耕運機か!」 スーパーカートリオの3連続盗塁死に近藤貞雄がブチ切れ それでも屋鋪要が「一番いい監督だった」と語る理由 (4ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Yasuyuki Takahashi

 控え選手にもプラス材料を与えた近藤の野球は、突き詰めれば、合理的で科学的な野球と言える。非合理的、非科学的な指導がなお色濃く残っていた40年前には、理解されにくく、批判もされた。今の野球界においてはどうだろうか。

「まさに、近藤さんの野球が、今につながっているじゃないですか!」

 にわかに語気を強め、屋鋪は言った。確かに、投手分業制が当たり前になった今の時代。キャンプでの過度な投げ込みは見直され、近年ではリリーフ投手の3連投を極力避けるなど、選手の負担を軽減する考え方が広く浸透している。野手については"アメフト式"の野球とはいかなくとも、ベンチ入り全選手を生かす戦い方が普通になった。こうした現代野球の発展をたどれば、その源流のひとつに近藤の先進的な発想があったことがわかる。

「だから、今の野球は近藤さんの遺産ですよ。セーブ、ホールドはアメリカから輸入された制度ですけど、近藤さんが分業制を進めていなかったら、なかなか日本で受け入れられなかったかもわからないですから」

【記録よりも深く刻まれた近藤野球の功績】

 1999年1月、近藤は野球殿堂入りを果たした。顕彰された功績は「投手分業制を導入」。同時に殿堂入りした古葉は「カープの黄金時代を築いた名監督」、広瀬叔功(元・南海)は「名外野手で盗塁王」、中西太(元・西鉄)は「"怪童"と呼ばれた本塁打王」として顕彰された。華々しい優勝実績や個人記録に比べれば、近藤の功績は一見、地味に映るかもしれない。

 しかし、その功績は単なる過去の実績ではない。投手の役割を明確に分け、それぞれの能力を最大限に引き出すという発想は、時代を超えて受け継がれ、現代野球の礎のひとつとなっている。

「分業制によって、抑えと中継ぎが出てくるピッチャーだけじゃなく、野手もそうですけど、いろんな選手を見られたほうが野球は面白い。近藤さんもそれは頭にあったと思います」

 殿堂入りの翌年、2000年8月に刊行した自著で、近藤はこう述べている。

<長いユニフォーム生活だったが、今は一般の野球ファンと立場は同じ。見たいのは、プロらしい華のあるゲームだ。そんな試合を、今後もひとつでも多く見られたらいいと、心から願っている>

著者プロフィール

  • 高橋安幸

    高橋安幸 (たかはし・やすゆき)

    1965年、新潟県生まれ。 ベースボールライター。 日本大学芸術学部卒業。 出版社勤務を経てフリーランスとなり、雑誌「野球小僧」(現「野球太郎」)の創刊に参加。 主に昭和から平成にかけてのプロ野球をテーマとして精力的に取材・執筆する。 著書に『増補改訂版 伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)、『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』(集英社文庫)など

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