オリックスで8年、独立リーグ、台湾プロ野球を経て再び東京ドームへ 元ドラ1・吉田一将が37歳目前で見せた"投手の完成形" (2ページ目)
「ラスト2球ね!」
そう叫ぶと、「3球お願いします!」と返ってきた。
よし! 再びアウトローに構える。投げる瞬間、ミットをボール1個分、外へスッとずらしてやった。だが、ボールはずらした"そこ"へ来た。次も同じくスッとずらしたが、同じようにミットに吸い込まれた。
【社会人野球に入ってからの変化】
ミスター・コンスタント──そんな称号で呼んでみると、吉田は照れくさそうな顔をした。ついさっきまでブルペンで全力投球していた形跡はまるでない。じつにフラット。そして、いい意味でクールだった。
「高校の頃から、『調子で野球するな』と言われていました。調子がよかったからいいピッチングができた、調子が悪かったからやられました、じゃあダメ。調子がよくない時にどれだけマウンドで粘れるか。それが野手の信頼になってきますから」
JR東日本に入社してからの2年間、吉田はいつも淡々と、そして確実に試合をつくってきた。
「そのとおりですね。私が知っているかぎり、吉田が打ち込まれたのを見たことはありません。先発でもリリーフでも、いつもきっちり試合をつくってきます。ブルペンより実戦のほうがよかったことは何度もありますが、ブルペンでよくて、マウンドに行ったらそれ以下、ということがないんです」
当時、吉田に寄り添って指導を続けていた山本浩司投手コーチも、そうはっきりと言いきっていた。吉田自身も、社会人野球に入ってからの変化をこう語っている。
「社会人になって、練習に入る時からモチベーションに波をつくらないようになりました。学生の時って、やらされている感というか、そういう空気ってありますよね。練習前も、練習中も、終わったあとも、いつも緊張しているみたいな。それが社会人になってメリハリのある野球生活になり、切り替えのスイッチをはっきり入れられるようになりました」
学生時代にはそれほど目立たなくても、社会人で一気に頭角を現す選手は決して少なくない。その理由のひとつに、こうした環境の変化があるのかもしれない。
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