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【プロ野球】近藤貞雄と新庄剛志に通じる"自由"記者が語る「生まれるのが50年早かった」「今の日本ハムなら合うかもしれない」 (2ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Yasuyuki Takahashi

 選手を必要以上に縛らず、ひとりの大人として扱う──。監督・近藤の方針には、天知の下で過ごした経験も影響していたのかもしれない。

「実際、キャンプでの近藤さんは選手を大人扱いしていたと思います。とにかく全体練習の時間が他球団より短かった。カープの半分ぐらいでしたが、別に『上がれ』と言ってるわけじゃない。必要なら個々に練習すればいいと。でも、当時の日本ハムはおとなしい選手ばっかりだったんで、残って打ち込むような人は少なかったですね。すぐ宿舎に帰っちゃう人もいました」

【先発には長く投げさせない】

 1991年は、近藤が日本ハムの監督に就任して3年目だった。しかし、チームは必ずしも近藤が思い描いたようには変わっていなかった。

 中日、大洋を率いた時と同様、シーズン序盤から前半戦にかけて好調でも、後半戦になると失速した。その原因として、評論家からたびたび指摘されたのがキャンプでの鍛錬不足だった。実際にチームを取材していた今野の目には、どう映っていたのか。

「やっぱり、それは感じてましたね。野手の人が毎日のように試合に出るにはしんどいだろうなと。ただ、ピッチャーはまた別です。『キャンプで3000球も投げさせるのは間違っている』と言って、投手陣がブルペンで投げ込む量を減らしていました。当時は1日に400球投げた、500球投げた、なんていうピッチャーもいっぱいいたわけですが、その効果も疑問視していたようです」

 近藤の疑問は明快だった。400球、500球を投げ込んだとして、疲労が蓄積したなかで最後まで理想的なフォームを保てるのか──。下半身が疲れ、肩やヒジにも疲労がたまれば、故障のリスクは高まり、フォームも崩れていく。それなら40球、50球でも、正しいフォームできっちり投げ、最大限の効果を得たほうがいい。そう考えた近藤は、投手の球数を制限した。

「ピッチャーの肩は消耗品、ということですよね。『だから先発には長く投げさせない』とも言っていました。それで一度、『今は完投が少なくなりました。やっぱりピッチャーは先発完投ですよね』って僕が言ったら、『私は分業制がいいと思ってるんだ』と。『何か最近、ピッチャーは分業制だっていう指導者もいるけど、最初に考えたのは私だよ』って言われたんです」

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