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【プロ野球】加藤秀司に頭を叩かれた、若き日の松永浩美 山田久志からの2000本安打達成には「やっぱりすごいな」 (2ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo

【加藤の完コピから徐々にバッティングが変化】

――加藤さんのバッティングからいろいろなことを学ばれたそうですが、フォームなど似ている部分もあったんですか?

松永 自分が一軍で出始めた頃の打撃フォームは、加藤さんの完コピでしたよ(笑)。加藤さんのご家族が録画した映像が、加藤さんではなくすべて私だったこともあるみたいで......。「マツ(松永氏の愛称)、いいかげんに俺のマネをやめろ」って頭を叩かれました。それくらい似ていたらしいです。当時の背番号は、加藤さんが「10」で私が「48」なので、別人だとわかると思うのですが(笑)。

 打撃フォームもそうですが、ネクストバッターズサークルからバッターボックスへ向かう時や、バッターボックス内での仕草も全部マネしました。でも、最初だけですよ。以降は打撃フォームをはじめ、いろいろと変えていきましたから。

――その変化の過程で意識していたことは?

松永 野球はピッチャーが投げないと始まらない。ピッチャーが攻めで、バッターは受身というか、守りという構図がありますよね。でも私は、「バッターも攻撃的にならなきゃいけないんじゃないの?」という思いがあったんです。

 ピッチャーのタイミングにバッターが合わせるのが一般的な考え方だと思いますが、私の場合は「自分が打つタイミングをとる過程に、ピッチャーが投げるタイミングを入れ込む」という考え方なんです。そんな考えで自分のバッティングを作り上げていきました。

――その考え方は、どのくらいから持っていたんですか?

松永 その考え自体は、プロ野球選手になるずっと前、少年野球をしていた頃から持っていましたね。ピッチャーがどういうボールを投げてくるか、なんて考えたことがなかった。それよりも、自分がどういうタイミングでバットを振るかを優先していました。野球だけではありません。バスケットボールでも、守備の時も「ボールをもぎ取ってやる」という感覚でしたから。

 特にアマチュアの選手に多いんですが、ピッチャーが強いボールを投げてきたら、パワーで打ち返そうとするじゃないですか。それは、今も昔も変わりませんね。でも私は、「速いボールを投げてくれ。そのぶん、自分は力を使わなくていいから」と思っていました。

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