江川卓との対決で掛布雅之が最も印象に残っている打席「一度だけ敬遠されているんだけど、あのストレートのすごさは忘れられない」 (3ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

「一度だけ敬遠されているんだけど、あのストレートのすごさは忘れられない。敬遠なので、僕はバットを振れないわけでしょ。その時に彼が投げてきたストレートっていうのは、かなり怒りを感じるストレートだった。『こんなに速かったの?』って感じで、そのスピードに驚きました。敬遠球なんで高めに投げてくるから、ものすごいスピードで向かってきて、まったく落ちない。こんなボールを打っていたのか......というくらい速かったです」

 1982年9月4日の甲子園球場での阪神対巨人戦。4対3と巨人の1点リードの8回裏二死二塁で掛布に打席が回ってきた。まさに一打逆転のチャンス。前の打席で掛布はタイムリーを放っており、巨人ベンチは動いた。

 三塁側から監督の藤田元司が駆け足でマウンドに来て、誰もが間(ま)をあけるためのタイムだと思った。満員のスタンドからは"掛布コール"の大合唱。ここがクライマックスだと誰もがわかっている。だが、指揮官の指示は敬遠だった。

「江川の野球人生で初めての敬遠なんじゃないかな。しかも小山(正明)さんが樹立したセ・リーグのシーズン無四球試合のタイ記録がかかっていたんですよ。後日、彼に『敬遠に対する怒りなの?』って聞いたら、返ってきた彼の答えがすごかった。『1点差で巨人が勝っていて、8回ツーアウト二塁で、バッターは4番の掛布。甲子園球場に足を運んでくれ5万人のファンの方たちに一番見せなきゃいけない場面なのに、ベンチから敬遠を指示され、まだオレはそこまでのピッチャーっていう、自分に対する怒りなんだ』と。江川のすごいところだよね。ベンチに対する怒りじゃなくて、その場面で勝負させてもらえないんだという気持ちを持っていたとは。彼との勝負でこの敬遠が一番印象に残っている、ホームランよりも」

 江川が藤田から敬遠の指示を受けても、無言のままでいた。ライバルを前にしての敬遠指示に、やり場のない怒りが込み上げてきた。

 プレーが再開し、立ち上がったキャッチャー・山倉和博のミットへ、江川は思いきり力を入れて投げ込んだ。糸を引くどころか、ホップする豪速球が山倉のミットに突き刺さる。

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