江川卓と小林繁のCMを見た中畑清は「なんでそういう時間をもっと早くつくってあげられなかった」と悔いた (2ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 さらに中畑はつづける。

「野手として鍛えていたら、松本よりも速くなっていたかもっていうくらい速い。常に全力を見せずにやっていたからな。まともにやっていたのは、伊東キャンプまでじゃないか。あとは才能だけでやってきたからな。だから突然全力プレーされると、牽制球と同じでタイミングが合わないんだよ。ほんとは『想定外の動きをするんじゃないよ、バカヤロー』って言いたかったけどさ」

 江川は東京六大学であわや首位打者を獲るほどバッティングがよく、大学4年時には5番を打つほどだった。足も速く、フィールディングもいい。プロ野球の一流選手が驚愕するほど、走攻守において桁外れの能力を持っていた。そのなかでも、投げることについては誰も説明できないほどの能力だった。

 プロのバッターともなれば、当然真っすぐに対する意識は強く、ボールの軌道に合わせて打つ技術、感性はずば抜けている。その百戦錬磨の男たちが、真っすぐとわかっていても合わないのだ。それこそが江川のすごさというしかない。

 中畑は学生時代に江川と対戦したことは一度もなく、プロでは同じチームだったため打席での江川の球を見たことがない。

「キャンプ中の紅白戦で、味方相手に真剣に投げるわけがない。だって、敵に対しても本気で投げないんだから」

 クリーンナップ以外の打者に対しては、明らかに6〜8割程度の力で投げる。現役時代、よく「手抜き」と言われていたが、江川にしてみれば完投するための手段だった。それが簡単にできてしまうのが江川である。

【28年目の和解】

 そんな江川を半世紀近く見ているからこそ、中畑にはこんな思いが去来する。

「小林繁さんの人生を変えてしまったことをいまだに引きずっているのか、あいつのなかで拭いきれないものを持っていたんだなっていうのを、CMを見てわかった。17年前に流れていた『黄桜』のCMに、あいつの謙虚さがものすごく出ている。小林さんはあのCMのあとに亡くなっちゃうんだよね。だから、お互いどっかでひとつ踏んぎりがつけられたのかなって思う。あれはCMじゃない、ふたりのドキュメンタリー。小林さんの『謝ることないじゃん』『お互いしんどかったよな』の言葉に、もっと早く言ってあげたかったという思いが伝わったよ。オレとしても、なんでそういう時間をもっと早くつくってあげられなかったっていう悔いもあるよ」

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