2022.04.13

「石で鳥を落とす」コントロールの高橋善正はプロ初登板で13回を完封

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 笑いをこらえるように身をかがめていたが、こちらも思わず笑ってしまったために深い笑いが続いた。現役時代は「土佐のいごっそう」と呼ばれた快男児、「大らかで気っ風がよく、男のなかの男」とも称された方らしく、口調は威勢よく荒っぽい。

「ずっと痛いわけじゃない、痛くないときもあるんだけど、試合で投げると痛みが出る。その繰り返しだった。それはもうプロまで続いたね。だから、ピッチング練習で投げる球数は普通の高校生、大学生に比べて極端に少なかった。

 特に、高知商業の監督、松田昇さんはウォーミングアップの球数を決めたり、ピッチング練習の前に遠投してたら『何やってんだ! そんな肩が壊れるようなことすんじゃねえ』と怒ったり。あの時代では珍しいんだけど、どれもこれも一律じゃなくて、個々にやり方を変えて指導していたんだろうね」

 高橋さん自身、一日に100球以上を投げ込むようになったのは巨人移籍以降のことだという。高校時代から指導者に恵まれていたと言えるだろう。一方で「痛み」といえば、〈シュートをほうるときは肘は痛くない。直球をほうると肘が痛い〉と文献資料にあった。

「シュートというか、シンカー。ボールを抜いていくような感じだから痛くない。ストレートは指にかけなきゃダメだから、かけると痛い。大学のときなんか、1試合で100球ほうるとしたら85球はシンカーだったね」

 投球フォームはサイドハンドで、シュート、シンカーが主体にして武器だった高橋さん。直球のスピードは自ら最速138キロと想定するが、よくスピンがかかって、打ってもファウルになるような球質だったという。

「当時、スピードガンはない。スピード、スピードって言わなかったし、言われなかった。そのかわり制球力は求められたから、昔はコントロールのいい人がたくさんいた。今は速い球をほうるヤツがすごいピッチャーだって言われる。あれは狙ってほうってるんじゃなくて、思い切り、力いっぱいほうってるんだよな。だからコントロールが無視されたような、どこへほうってんの? みたいなボール、プロでもいっぱいあるじゃない?」