2021.03.04

ノーサインだった安田猛ともう一人のエース。捕手・八重樫幸雄が大変だったこと

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Sankei Visual

「オープン球話」連載第55回 第54回はこちら>>

【若松さんよりも、ずっと小さな印象の安田さん】

――2月20日、ヤクルトでの八重樫さんのチームメイトで投手として活躍し、バッテリーも組んでいた安田猛さんが73歳でお亡くなりになりました。今回からは安田さんの思い出について伺いたいと思います。

八重樫 安田さんの病気のことは知っていたので、ある程度覚悟はしていたけど、それでも「まさか」という思いは強かったです。安田さんとは何度もバッテリーを組ませてもらったし、僕自身、初めてキャッチャーとしての手応えを感じることができたのは安田さんのおかげでしたから......。

試合に勝利し、大杉勝男(左)と握手する安田猛(右)試合に勝利し、大杉勝男(左)と握手する安田猛(右) ――安田さんは1947(昭和22)年生まれですから、八重樫さんの4歳上になります。でも、早稲田大学から大昭和製紙を経てヤクルトに入団しているので、入団年度は1972年。八重樫さんの2年後ということになりますね。

八重樫 安田さんに初めて会ったのは1972年の春季キャンプの時でした。第一印象は「すごく小さい人だな」だった。それ以前に、若松(勉)さんともチームメイトだったから、小さい選手は初めてじゃなかったけど、安田さんは若松さんよりも小さかった印象だったな。

――記録を調べてみると、若松さんは168cm、安田さんは173cmということになっていますが、安田さんのほうが小柄な印象だったんですか?

八重樫 僕の印象では、安田さんのほうがずっと小さいイメージでしたね。ただ、ブルペンに入ってのピッチングには驚きました。決してスピードがあるわけではないんだけど、とにかく切れ味がいい。「さすが、社会人で橋戸賞を獲得したピッチャーだな」と感じたことを覚えています。

――以前、安田さんにインタビューした時に、1年目のキャンプの話題になりました。ブルペンを見ていた、当時の三原脩監督から投手コーチを通じて「もっと本気で投げるように」と指示されたという笑い話を聞きました(笑)。

八重樫 三原さんはそう言ったのかもしれないけど、ブルペンでボールを受けた僕からすれば、決して手を抜いて投げていたわけじゃないし、ストレートは一流のキレがあった。その切れ味はプロのレベルのボールでしたよ。