2019.12.16

【イップスの深層】赤星憲広が送球難の
沼に引きずり込まれたある事件

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 それ以来、赤星は投げることに不安を覚えるようになってしまう。

「甲子園以来、ショートゴロを捕って投げる時に、あの上に抜ける感覚を思い出して下に叩きつけるクセがついてしまったんです。それでワンバウンドになったり、引っかけすぎてファーストの左側に逸れたり......

 赤星の異変に気づいた当時の監督は「ワンバウンドで強い球を投げろ」と指導した。だが、赤星にはプライドがあった。「ワンバウンドなんて格好悪い」という思いを捨てきれなかったのだ。それでも、実際には叩きつける送球しかできない。赤星の守備への自信は日増しに揺らいでいった。

 しかし、この時点では「イップス」と言うほどひどい状態ではなかった。決定的だったのは、亜細亜大に進学してからである。

 伝統的に練習や競争が厳しいチームとして知られる亜細亜大で、赤星は1年から頭角を現す。だが、当時は上下関係が厳しく、先輩とのキャッチボール時に構えたグラブの位置にボールがこないと捕ってもらえないこともあった。

 そうした日々で神経をすり減らすなか、「事件」は起きた。ある日、赤星は打撃練習時に1年生部員の仕事である打撃捕手を務めていた。先輩の打撃投手に赤星がボールを返球しようとした時、いつもの指に引っかかるクセが顔を出した。先輩の胸を目がけたはずのボールは、マウンド手前に設置されたL字型のネットにぶつかってしまった。それだけならまだしも、跳ね返ったボールが先輩の顔面に直撃する。赤星はすぐさまマウンドに駆け寄り、「すみません!」と謝罪した。しかし、先輩は何事もなかったように、「大丈夫だよ」と言って再び投球動作に入った。口からは血をしたたらせながら......

「血を流しながらでも投げたのは、先輩の『気にするな』という優しさだったのかもしれません。でも、僕はそれがかえって怖くなってしまって......。余計に投げられなくなったんです」

 2年秋の明治神宮大会では三塁手のレギュラーとして出場したが、東亜大戦で三塁前のボテボテのゴロを処理しようと試みたジャンピングスローが悪送球になった。赤星のタイムリーエラーが決勝点となり、亜細亜大は敗退する。