2019.08.16

バレンティンは「辛抱」と日々格闘。
助っ人史上12人目の記録は近い

  • ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton
  • photo by Koike Yoshihiro

 長いプロ野球の歴史のなかで、これまで1000人を超える外国人選手が来日している。だが、これだけ多くの選手が来日したのに、1000試合以上出場した外国人選手はわずか11人(日系の外国人選手を除く)しかいない。最後に1000試合を達成した外国人選手は2011年、当時西武でプレーしていたホセ・フェルナンデスである。

 そして順調にいけばこの8月にも、外国人選手として12人目の1000試合達成者が現れる。ココの愛称で親しまれている、ヤクルトのウラディミール・バレンティンだ。

2013年には日本記録となるシーズン60本塁打を放ったバレンティン「もちろん意識していますよ。12人目だとは知りませんでしたが、1000試合出場することについては、青木(宣親)と話していました。最高の名誉です」

 これまで達成した11人のうち、同一球団で1000試合出場を果たしたのは5人。もしこのままバレンティンが達成すれば6人目になる。バレンティンはそのことにも重みがあると言う。

「どのリーグでも、1000試合に出場できたらすごいことだと思います。野球は難しいスポーツですし、なによりケガをしないで続けることが大変です。だから1000試合に出場することは誇りに思うべきです。私は同じユニフォームを着続けられたことに喜びもありますし、プライドもあります。ヤクルトというチームが大好きですし、このユニフォームに1000回も袖を通せて本当に感謝しています」

 バレンティンはシアトル・マリナーズとシンシナティ・レッズで3年間プレーしたあと、2011年にヤクルトと契約を結んだ。まだ26歳の時だった。

 外国人選手が1シーズンだけ日本でプレーして、メジャーに再挑戦するという話はよくあるが、バレンティンもそのつもりで来日した。しかし、計画どおりにはいかなかった。

「メジャーに戻ることしか考えていませんでした。ただ来日1年目、自分のなかではいいシーズンではありませんでした。たしかに本塁打王(31本)を獲得しましたが、打率は.228でしたし、満足できるシーズンではなかった。だから、もう1年しっかりプレーして、メジャーに再挑戦しようと考えていました」