「両方打ちゃあいいんだ」。柴田勲は、いきなり監督命令でスイッチに (2ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

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 もうひとつ、スイッチとは別に、柴田さんへの興味が増す出来事があった。07年5月17日、田中幸雄(元・日本ハム)が史上35人目の通算2000安打を達成した翌日、スポーツ紙にこんな記述があった。

〈規定打席に到達したシーズンで打率3割以上を一度もマークせずに2000安打を達成したのは、柴田勲(巨人)に次いで2人目〉

 2000安打=好打者=3割打者、という図式からすれば、なんとも意外な数字だ。柴田さんが活躍した時代は"投高打低"傾向にあり、3割打者自体が少なかったとはいえ、6度の盗塁王、セ・リーグ記録の通算579盗塁を誇る俊足のスイッチヒッター。左打席で、足で稼げる内野安打も多かったと思うが、実のところはどうだったのだろう。そもそも、なぜスイッチに転向することになったのか。

* * *

 想像していた以上に若々しい──。都内の待ち合わせ場所に現れた柴田さんを見て、僕はとっさにそんな印象を持った。身ごろのたっぷりしたシャツに色落ちしたジーンズを合わせた着こなしは、63歳(当時)という年齢でなかなかできるものではないと思う。短く刈り込まれた髪から革靴まで、全体のトーンが自然に調和していた。

 歩み寄って挨拶をすると、柴田さんは「おおっ、どもどもっ」と言ってすぐ「どっかに喫茶店かなんかあるかな。ある? あった?」と続けた。ラジオの解説で聞く声よりも野太く、しゃがれていて勢いがある。解説はいつも笑い交じりでやわらかな口調、と記憶していたから意外だった。

 あらかじめ探しておいたカフェテリアはまだ昼前の11時でも満席に近く、取材に適した奥の席はふさがっていた。それでも柴田さんは何も気にせず、空いていた真ん中の席にずんずん進んで座り、「しかし昨日のジャイアンツ、なんだったのかね。負ける展開じゃなかったんだけど」と言った。OBとして、今の巨人の戦いぶりが気になっている様子だった。

 柴田さんはホットサンドとアメリカンコーヒーを注文し、「今日は12時15分までだな。あんまり時間がないから、行こっか」と言った。僕は早速、スイッチになったきっかけを聞いた。

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