2014.07.13

原辰徳監督が父・貢氏から受け継いだ「勝利のDNA」

  • 石塚隆●文 text by Ishizuka Takaashi
  • 寺崎敦●取材協力 cooperation by Terasaki Atsushiphoto by Nikkan sports

 7月14日、東京ドームホテルで5月29日にこの世を去った原貢氏(享年79歳)の『お別れ会』が行なわれる。

 貢氏は、1965年に無名だった三池工業高(福岡)の監督として高校野球全国大会で初出場初優勝へ導くと、その後、東海大相模高校、東海大学で指揮をとり、数々の栄光を手中におさめたアマ球界きっての名将である。何よりも、息子である辰徳氏(巨人監督)との高校、大学時代を通じての『親子鷹』ぶりは、今でも球界の語り草となっている。

東海大相模時代、親子鷹として4度の甲子園に出場した辰徳氏(写真左)と貢氏。

「これまでの人生でオヤジさん(貢氏)ぐらい怖い人に会ったことはありません。とにかく迫力がありました。いくら我が子への”愛のムチ”だとはいえ、ボコボコにするんですからね。本当、辰徳もよく我慢したと思いますよ」

 そう語るのは、貢氏から東海大の監督を引き継ぎ、現在は国際武道大学で野球部の監督を務める岩井美樹(いわい・よしき)氏だ。岩井氏は辰徳氏の3学年上の先輩にあたり、大学4年生の時に原親子が東海大学にやって来た。岩井氏いわく、貢氏は「妥協を許さない。言い訳も認めない」指導者だったという。

「もちろん、そこには愛があってね。叱りつけたあと、辰徳がホームランを打つと、誰よりも先にベンチを飛び出して打球の行方を追っていました。ボールがスタンドに入ると何食わぬ顔でベンチに座るんだけど、どこか嬉しそうな顔をしているんですよね。そういう時に父子の絆を感じました。オヤジは『辰徳は叱った方がよく打つんだ』と言っていましたけど(笑)」

 一方の辰徳氏は、貢氏の厳しい指導のもと、高校、大学で結果を残し、注目を集めていく。

「辰徳はオヤジさんの期待に応えるというよりも、勝負していましたよね。辰徳は一見ソフトに見えるけど、芯は頑固一徹。オヤジさんとそっくりです(笑)」